第十二話:ゴーゴンと鏡の法則 (2/3)
「今日は、あんたのために、特別に『見ること』を楽しむためのデザートを作ってやる。世界で一番美しくて、そして、世界で一番安全な、鏡のデザートをな」
俺は厨房に立つと、まず、彼女から少し距離を取り、カウンターの隅にいてもらうように頼んだ。彼女が目隠しをしているとはいえ、万が一ということがある。慎重すぎるに越したことはない。
「さて、と。まずは、鏡の土台となるケーキからだ」
俺は、ボウルにビターチョコレートと生クリームを入れ、湯煎で滑らかになるまで溶かしていく。そこに、卵黄や小麦粉を加えて、濃厚なチョコレートムースの生地を作る。これを型に流し込み、冷やし固める。
カウンターの向こうで、少女が不安そうに身じろぎしたのが分かった。彼女の髪の蛇たちが、さわさわと小さな音を立てている。
《あの……本当に、大丈夫なのでしょうか……? わたくし、鏡など、生まれてから一度も、見たことがございません……。もし、鏡に映ったものまで石に変えてしまったら……》
「心配するな。俺のいた世界の神話じゃ、英雄は盾に化け物を映して戦った。直接見なけりゃ、呪いは届かねえってことさ。これから作るのは、その英雄の盾よりも、もっと美しくて、滑らかな鏡だ」
俺は、彼女を安心させるように、落ち着いた声で語りかける。
そして、いよいよ、このデザートの主役である「ミラーglaze(鏡のコーティング)」の準備に取り掛かった。
「いいかい、嬢ちゃん。完璧な鏡を作るには、完璧な科学の知識が必要なんだ」
俺は鍋に、水、砂糖、そして水飴を入れて火にかける。
「鏡ってのは、光を綺麗に、均一に反射させることで物を映す。だから、これから作るコーティング剤も、表面が分子レベルで、寸分の狂いもなくツルツルじゃなきゃならねえ。そのために、この水飴が重要な役割を果たすんだ。こいつが、砂糖が結晶化するのを防いで、滑らかな状態を保ってくれる」
シロップが煮詰まったら、火から下ろし、水でふやかしておいたゼラチンと、コンデンスミルクを加える。そして、ホワイトチョコレートを投入し、余熱でゆっくりと溶かしていく。
「ゼラチンが、この液体に膜を張って、美しい艶を生み出す。そして、チョコレートの油分が、さらにその滑らかさを助ける。全ての材料に、意味があるんだ」
最後に、食用の色素で、夜空のような、深く、美しい青色に着色する。
出来上がった液体を、きめ細かい布で丁寧にこし、不純物を完全に取り除く。気泡が消えるまで、ゆっくりと、静かに、休ませる。
(温度が大事だ。高すぎても、低すぎても、綺麗な鏡面にはならねえ……)
俺は、温度計を片手に、その液体が、コーティングに最適な「35度」になる瞬間を、全神経を集中させて待った。
やがて、その時が来た。
俺は、冷やし固めておいたチョコレートムースのケーキの上に、その青い液体を、中心からゆっくりと、一気に流しかけた。
液体は、まるでそれ自体が意思を持っているかのように、ケーキの表面を滑らかに覆い尽くし、余分な分は皿へと流れ落ちていく。
そして、数分後。
そこには、夜空の星々を閉じ込めたかのような、寸分の狂いもない、完璧な「鏡」が生まれていた。
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