幕間:炎と氷のハーモニー
兄ナツの独白
ちくしょう、思い出すだけでイライラする。
俺の周りは、いつだってそうだ。特に、妹のフユ。あいつがそばにいると、その氷みてえな冷気で、俺の魂の炎まで鈍っちまう気がして、どうにも我慢ならねえんだ。だから、つい、カッとなって炎をぶちまけちまう。そうすりゃ、あいつはもっと冷たい顔で俺を見る。悪循環だなんて、分かってはいるんだ。でも、どうしようもねえんだ。
その日も、俺たちは派手にやり合ってた。そしたら、ひょろっとした人間の男に、無理やり店の中に引きずりこまれた。ぶっさんと名乗ったそいつは、俺たちの体のこと、食い物のこと、まるで見てきたかのように語りやがった。
「陰陽鍋」だとか言って、目の前に出されたのは、真ん中で二つに分かれた、奇妙な鍋だった。
片方は、唐辛子が浮いた真っ赤な地獄みてえなスープ。もう片方は、味も素っ気もなさそうな、真っ白なスープ。
決まってる。俺が食うのは、こっちの赤い方に決まってる。力が、魂が、こっちを食えって叫んでる。
そう思って食ったのに、どうだ。体は燃えるように熱くなるだけで、イライラは増すばかり。フユの奴のせいだ、あいつの冷気のせいだ、と、怒りの矛先を探していた。
そしたら、旦那が言ったんだ。「お前に必要なのは、そっちの白いスープだ」って。
冗談じゃねえ。こんな、弱々しいスープ、食えるか。そう思った。だが、旦那の目があまりにも真っ直ぐで、なぜか、逆らえなかった。
しぶしぶ、白身魚を白いスープにくぐらせて、口に運んだ。
その瞬間、俺の中で、何かが変わった。
なんだ、これ……?
体の中で燃え盛ってた炎が、消えるんじゃねえ。まるで、夏の日の激しい夕立が、乾いた大地を優しく鎮めていくように、すーっと、静まっていく。頭に上っていた血が、ゆっくりと下がっていく。あれほど酷かったイライラが、嘘みたいに消えていく……。
驚いて顔を上げると、フユが、こっちを見ていた。あいつも、同じように驚いた顔をしていた。
初めてだった。あいつの顔を見て、腹が立つんじゃなく、「お前もか」って、そう思ったのは。
妹フユの独白
まったく、お兄様は、どうしてあんなに暑苦しいのでしょう。
わたくしがそばにいると、その炎のような熱気で、ただでさえ少ないわたくしの気力が、どんどん吸い取られていくのです。体が芯から冷えて、指一本動かすのも億劫になる。だから、つい、冷たい言葉で突き放してしまうのです。そうすれば、お兄様はもっと激しく燃え上がる。愚かなことだと、分かってはいるのですけれど。
その日も、わたくしたちは言い争っていました。そこに現れたのが、ぶっさんと名乗る、不思議な料理人でした。
彼は、わたくしたちの体の不調を、まるで自分のことのように語りました。「食の陰陽」などという、初めて聞く言葉で。
目の前に出されたのは、二つに分かれたお鍋。
片方は、お兄様のように野蛮で、見るからに暑苦しい赤いスープ。もう片方は、静かで、心を落ち着かせてくれそうな白いスープ。
わたくしがいただくのは、もちろん、こちらの白いスープに決まっていますわ。
そう思っていただいたのに、どうでしょう。体はさらに冷え、意識まで、まるで冬の湖の底に沈んでいくように、遠のいていくのです。お兄様の熱気のせいだわ、と、全ての気力を振り絞って、彼を睨みつけていました。
すると、旦那様がおっしゃいました。「あなたに必要なのは、そちらの赤いスープです」と。
ご冗談を。あのような、品のないものを、わたくしが口にできるはずがありません。そう思いました。けれど、彼の声には、逆らうことを許さない、不思議な温かさがありました。
仕方なく、赤身のお肉を、赤いスープに浸して、口に運びました。
その瞬間、わたくしの中で、何かが生まれたのです。
あたたかい……。
体の芯、お腹の底から、まるで小さな太陽が昇るように、じんわりと、温かい力が広がっていく……。冷え切っていた手足の先に、血が巡っていくのが分かります。こんな感覚、生まれて初めてですわ……。
驚いて顔を上げると、お兄様が、こちらを見ていました。彼も、鳩が豆鉄砲を食ったような、間の抜けた顔をしていました。
初めてでした。お兄様を見て、苛立ちではなく、「まあ」と、少しだけ微笑ましい気持ちになったのは。
そして、二人は
それからは、不思議な時間だった。
俺は、今まで見向きもしなかった野菜や豆腐を、フユは、絶対に口にしないと思っていた肉やきのこを。お互いの器から、自然と具材を交換していた。
鍋が空になる頃、俺たちの心も、体も、驚くほど穏やかになっていた。
帰り道、俺たちは、初めて、喧嘩をしなかった。
隣を歩くフユの冷気が、なんだか心地いい。隣を歩く兄さんの熱気が、なんだか温かい。
そう感じたことは、お互い、まだ内緒にしておこう。
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