第十一話:妖狐の兄妹と陰陽鍋 (2/3)
「お前さんたちの心を一つにする、魔法の鍋を作ってやる」
俺はニヤリと笑うと、店の奥から、少し特殊な形の鍋を取り出してきた。それは、中央が美しい曲線で二つに仕切られた、不思議な形の鍋だった。
「なんだい、そりゃ。真ん中で割れてるじゃねえか。欠陥品かい?」
兄のナツが、訝しげに眉をひそめる。
「あら、まるで兄さんとわたくしみたいですわね。決して交わることのない、二つの世界」
妹のフユが、皮肉っぽく微笑む。
「はは、違えよ。こいつは『陰陽鍋』って言ってな、二つの世界を一つにするための、特別な鍋なんだ。まあ、見てな」
俺は、その鍋を二人の前の卓上コンロに置くと、二種類の全く異なるスープの準備を始めた。
まず、妹のフユのための「陽」のスープからだ。
鍋に油をひき、たっぷりのショウガとニンニク、そして数本の唐辛子を炒めて、香りを引き出す。そこに、八角や桂皮といった、体を温める効果のある香辛料を加えていくと、店の中に、食欲を猛烈に刺激する、スパイシーで力強い香りが立ち込めた。
「うっ……!なんだい、この匂いは。体が、勝手に熱くなってきやがる……!」
ナツが、暑そうに自分の服をパタパタとあおぐ。
「こいつは、フユ、お前さんのためのスープだ。冷え切った体を、芯から温めてくれる。陽の気が、お前さんの気力を呼び覚ましてくれるぜ」
次に、兄のナツのための「陰」のスープ。
仕切りの反対側に、丁寧に引いた昆布出汁を注ぎ、大根や白菜といった、体の熱を優しく冷ます野菜を入れていく。そこに、淡白な白身魚の切り身と、ふるふるとした豆腐を加える。こちらは、派手さはないが、心を落ち着かせる、清らかで優しい香りがした。
「けっ、なんだいそりゃ。味気なさそうなスープだな。そんなもん食ってっから、お前はいつも冷てえんだよ」
ナツが、フユの側のスープを指差して言う。
「そのスープは、ナツ、お前さんのためのもんだ。お前みたいに、体に熱がこもりすぎてる奴には、こういう陰の性質を持つ食材が、荒ぶる魂を鎮めてくれるんだよ」
スープが煮える間に、俺は山盛りの具材を大皿に盛り付けていく。薄切りの赤身肉、きのこ、季節の野菜たち。赤、緑、白と、色とりどりの食材が、まるで絵画のように皿の上を飾る。
《……なんだか、すごいご馳走だ……》
《……お腹、空きましたわ……》
さっきまでいがみ合っていた二人の心の声が、初めて一つに重なった。
俺は、その様子に満足げに頷くと、二つのスープがぐつぐつと煮える鍋を、彼らの前に差し出した。
「さあ、できたぜ。これが、お前さんたちのための、特製陰陽鍋だ。好きなだけ食うといい」
目の前で湯気を立てる、赤と白、二つの対照的なスープ。そして、山と積まれた新鮮な具材。
妖狐の兄妹は、ゴクリと喉を鳴らし、その不思議な鍋を、ただ呆然と見つめていた。
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