第十一話:妖狐の兄妹と陰陽鍋(1/3)
セイレーンの歌姫が、希望の一音を取り戻してから数日。森は、彼女が喉を休めているからか、いつもより少しだけ静かな気がした。俺、仏田武ことぶっさんは、カウンターを磨きながら、この静寂に耳を澄ませていた。
その、穏やかな静寂を切り裂くように、突然、店の外からけたたましい怒鳴り声と、奇妙な音が聞こえてきた。
「だから!てめえがいつもジメジメ冷てえ気を振りまくから、こっちの炎が鈍るんだろうが!」
**ボッ!**と、何かが燃え上がるような音。
「なんですって!兄さんこそ、いつも無駄に熱いのよ!おかげで、わたくしの氷が溶けてしまうでしょうが!」
**シャリン!**と、空気が凍てつくような音。
(……なんだなんだ、物騒だな)
俺が訝しんで店の外を覗くと、二つの影が、店の前の広場で激しく言い争っていた。一人は、燃えるような赤い髪をした、快活そうな少年。その周囲の空気は、陽炎のように揺らめいている。もう一人は、氷筍のように透き通る銀髪をした、涼しげな少女。彼女の足元からは、白い冷気が立ち上っていた。二人とも、頭にはぴんと立った狐の耳、そして腰からは、立派な尻尾が生えている。妖狐の兄妹、といったところか。
「なんだと!俺の炎は、魂の燃焼だ!てめえのその氷みてえな冷たさとは、格が違うんだよ!」
「あら、その魂とやらが、いつも空回りしているように見えますけれど?冷静さを覚えたらどうです?」
言い争いは、ヒートアップする一方。ついに、兄の拳から炎が、妹の手から氷の礫が生まれ、店の前で激しくぶつかり合った。
「おいおい、お前ら!喧嘩するなら他所でやれ!店が壊れるだろうが!」
俺が店の戸口から一喝すると、二人はビクッと体を震わせ、バツが悪そうにこちらを見た。俺は、二人を無理やり店の中に招き入れると、カウンターの両端に、それぞれ座らせた。
「で? 何が原因で、そんな派手な喧嘩をしてたんだい?」
俺が尋ねると、二人は待ってましたとばかりに、お互いを指差して叫んだ。
「こいつのせいだよ、旦那!妹のフユが、いつも氷みてえに冷たいから、こっちまでイライラして、体がカッカしてしょうがねえんだ!」
兄の名は、ナツというらしい。
「いいえ、兄さんのせいですわ!ナツ兄さんが、いつも炎みたいに熱すぎるから、わたくしは気力を吸い取られて、体が冷え切ってしまうのです!」
なるほど。典型的な、お互いへの責任転嫁だ。だが、俺には、ただの兄妹喧嘩には見えなかった。兄のナツは、顔が赤くのぼせ気味で、落ち着きがない。一方、妹のフユは、顔色が悪く、どこか気だるそうだ。
「お前さんたち、普段は何を食ってるんだ? ナツ、お前は辛いもんや、熱い肉が好きだろ。フユ、お前は、甘いもんや、体を冷やす果物ばっかり食ってねえか?」
俺が言うと、二人は「なんで知ってんだ!?」という顔で、目を丸くした。
「あんたたちのその喧那の原因はな、性格の不一致なんかじゃねえ。食い物の偏りによる、心と体のアンバランスだ」
俺は、東洋に伝わる「食の陰陽」の考え方を、二人に分かりやすく説明し始めた。食材には、体を温める「陽」の性質を持つものと、体を冷やす「陰」の性質を持つものがあること。そして、二人がそれぞれ、自分の体質を助長する食材ばかりを食べているせいで、心と体のバランスが極端に崩れてしまっていることを。
「なんだい、そりゃ。食い物に、そんな違いがあるのか?」
「わたくしたちの不調が、食事のせい…?」
二人は、初めて聞く考え方に、ただただ戸惑っていた。
「ああ。お前さんたちに必要なのは、相手を責めることじゃねえ。自分に足りない、反対の性質を、食事で賢く取り入れることだ。よし、任せとけ。お前さんたちの心を一つにする、魔法の鍋を作ってやる」
俺はニヤリと笑うと、店の奥から、少し特殊な形の鍋を取り出してきたのだった。
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