幕間:歌姫の涙と希望の一音
わたくしの世界は、歌と共にありました。
朝は小鳥たちと歌い、昼はそよ風と歌い、夜は月明かりの下で歌う。わたくしの歌声が、森の動物たちの心を癒し、喜ばせることが、何よりの幸せでした。わたくしが歌えば、森は色鮮やかに輝き、世界は愛に満ちていると信じられました。
その、宝物だった声が、ある日突然、出なくなったのです。
喉から響くのは、カサカサに乾いた、カエルのような音だけ。歌おうとすればするほど、喉は焼けるように痛み、心はガラスのように粉々に引き裂かれそうでした。わたくしから歌を取ったら、もう何も残らない。今まで色鮮やかだった森は、まるで色を失ったかのように、ただの静寂に包まれていました。絶望に、涙も枯れ果てていました。
そんな時、森の木々が、風の噂を運んできてくれました。森の奥に、どんな悩みも解決するという、不思議な料理人がいると。
料理人が、この喉を? 馬鹿げた話です。わたくしの喉は、どんな薬師にも治せなかったのですから。でも、わたくしには、もうそれにすがるしかありませんでした。
お店の主、ぶっさん様は、声の出ないわたくしを、憐れむでもなく、ただ静かに、その優しい瞳で見てくれました。そして、石板に綴ったわたくしの拙い悩みから、その原因を、まるで見てきたかのように語り始めたのです。「声帯」という、わたくしも知らなかった、自分の体の一部について。彼の言葉は、不思議な説得力を持って、わたくしの心に染み込んできました。
彼が作ってくれたのは、不思議な飲み物と、ふるふるとした温かい食べ物でした。
黄金色の飲み物を一口含むと、ハチミツの優しい甘さと、ショウガの温かい刺激が、荒れ果てた喉を、まるでベルベットの布で包み込むように、優しく、優しく、潤していきました。
体の芯から、ぽかぽかと温まっていく。張り詰めていた心が、解きほぐされていく。
食事が終わる頃には、あれほど痛かった喉の痛みが、和らいでいることに気づきました。
そして、彼に促されるまま、ほんの少しだけ、声を出してみたのです。
奇跡は、その時に起きました。
「……あ」
それは、今までわたくしが出してきたどんな歌声よりも、小さく、ささやかな音でした。
でも、それは紛れもなく、澄んだ、美しい、わたく自身の声だったのです。
涙が、溢れて止まりませんでした。
でも、それは絶望の涙ではありません。暗闇の向こうに、再び光を見つけた、歓喜の涙でした。
ぶっさん様、ありがとうございます。
あなたの作ってくれた温かい一皿は、わたくしの喉だけでなく、歌を失い、凍えきっていた心まで、溶かしてくれました。
今はまだ、この一音しか出せません。
でも、大丈夫。教わった通り、この喉を大切に、大切に労れば、きっとまた、森のみんなに、そして、わたくしを救ってくれたあなた様に、感謝の歌を届けることができるでしょう。
その日を夢見て、わたくしは、もう一度、前を向いて歩き出すのです。
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