幕間:コッコと友達への第一歩
僕は、ずっと独りぼっちだった。
森に住むみんなは、僕の顔を見るとすぐに逃げてしまう。「コッコが睨んでる!」「怒ってるんだ!」って。そんなつもり、全然ないのに。ただ見ているだけなのに、どうして分かってくれないんだろう。寂しくて、悲しくて、いつも木の陰でこっそり泣いていた。
そんな時、森のウサギさんたちが噂話をしているのを聞いたんだ。森の奥の奥に、なんだか温かい匂いのする不思議な場所があるって。そこには、変わった二本足の生き物がいるって。
怖いかもしれない。でも、このまま独りぼっちなのはもっと嫌だ。僕は勇気を出して、その温かい匂いがする方へ歩き出した。
たどり着いたのは、小さな小屋だった。「気まぐれ食堂 ねこまんま」と書かれた看板。僕はドキドキしながら、クチバシでそっと扉を押した。カランコロン、と綺麗な音が鳴った。
そこにいたのが、旦那――ぶっさんだった。
僕の心臓は、張り裂けそうなくらいドキドキした。きっとこの人も、僕の顔を見たら怖がって追い出すに違いない。そう思って体を固くした僕に、旦那は言ったんだ。
「おぉ……見事なトサカだな。羽の艶も素晴らしい」
……え?
怒られるでもなく、怖がられるでもなく、褒められた。初めてだった。びっくりして、なんだか胸の奥がぽかぽかした。
勇気を出して、心の中で話しかけてみた。《友達が……友達が欲しいんだ、コッコ……》と。旦那は僕の目をじっと見て、僕が瞬きをしないから怖がられるんだって教えてくれた。「瞬膜」っていう、僕の体の一部が原因だったなんて。
そして、「食べる目薬だ」って言いながら、オレンジ色の温かいスープを作ってくれた。
一口飲んだ瞬間、びっくりした。
甘くて、とろりとしていて、体中に優しい温かさが広がっていく。今まで食べたどんな木の実よりも、どんなお水よりも、ずっとずっと美味しかった。何より、僕のために作ってくれたっていうことが、嬉しくて、涙が出そうになった。
お腹がいっぱいになった後、旦那は「スロー・ブリンキング」っていうのを教えてくれた。ゆっくり瞬きをすると、「君のことが好きだよ」っていう合図になるんだって。何度も練習させてくれて、上手くできると甘い蜜漬けをくれた。旦那の目は、とても優しかった。
お店を出る時、僕は何度も頭を下げた。心の中は、もらったスープみたいに温かい気持ちでいっぱいだった。
そして、次の日の朝。
僕は、いつも僕を見ると逃げてしまうウサギさんたちを見つけた。心臓がまたドキドキする。でも、旦那の顔を思い出した。
僕は、ぎゅっと目をつぶって、教えてもらった通りに、ゆっくりとまぶたを開いた。
「君たちと、お友達になりたいな」って、心の中で一生懸命に願いながら。
すると、奇跡が起きた。
ウサギさんたちは、逃げなかったんだ。びっくりした顔で僕を見ていたけど、前みたいに一目散に逃げたりしない。一羽のウサギさんが、ぴょこん、と少しだけ僕の方に近づいてくれた。
嬉しかった。
嬉しくて、また涙が出そうになった。
僕は、空を見上げた。旦那のお店がある方角だ。
(旦那、ありがとう……!)
友達への第一歩。
この小さな一歩を踏み出せたのは、あの温かいスープと、優しい旦那のおかげだ。
いつか、ウサギさんたちと本当に仲良くなれたら、みんなであのお店に行こう。そして、世界で一番おいしいスープを、ごちそうになるんだ。
僕はそう心に誓って、ウサギさんたちにもう一度、今度はもっと上手に、ゆっくりと瞬きをしてみせた。
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