第十話:歌姫と奇跡のハニージンジャー (2/3)
「心配するな。あんたのその美しい声を取り戻すために、とっておきの『歌姫のための喉ケアセット』を作ってやる。俺に任せな」
俺は厨房に立つと、まず、アナグマから分けてもらった、とっておきのハチミツを棚から取り出した。陽の光を閉じ込めたかのように、黄金色に輝く濃厚な森の恵みだ。蓋を開けると、百の花の香りが凝縮されたような、甘く、華やかな香りがふわりと広がる。
「いいかい、嬢ちゃん。このハチミツはな、ただ甘いだけじゃねえ。優れた保湿効果と、殺菌作用がある。荒れてヒリヒリする喉の粘膜を、優しくコーティングして潤してくれる、天然の塗り薬みてえなもんだ」
俺はそう説明しながら、大きめのマグカップに、その黄金色のハチミツを、惜しげもなくとろりと注ぐ。
次に、土の中から掘り出したばかりの、新鮮なショウガの塊を手に取った。そのゴツゴツした皮を薄く剥くと、爽やかで、ピリッとした刺激的な香りが立ち上る。
「そして、このショウガ。こいつは、体を芯から温めて、血の巡りを良くしてくれる。喉の炎症を、内側からじんわりと抑えてくれる効果も期待できるぜ。いわば、飲む湿布薬だな」
薄切りにしたショウガを数枚、カップに加え、仕上げに、森で採れたレモンのような酸っぱい果実をぎゅっと絞る。そこに、湯気を立てるお湯を注いで、特製ハニージンジャーティーを完成させる。湯気と共に、ハチミツの甘い香りと、ショウガとレモンの爽やかな香りが、店の中に優しく満ちていった。
「飲み物だけじゃねえ。食事も、今のあんたの喉に優しいもんじゃないとな。最高の楽器を治すんだ、最高の食事で労ってやらねえと」
俺は、新鮮な卵を丁寧に溶きほぐし、昆布とキノコで取った、旨味たっぷりの出汁と合わせて、目の細かい布でゆっくりとこす。この一手間が、絹のような、滑らかな舌触りを生む。それを小さな器に注ぎ、蒸し器に入れて、じっくりと、弱火で火を通していく。喉への刺激が一切ない、ふるふるとした極上の茶碗蒸しだ。
「喉が炎症を起こしてる時は、硬いもんや熱すぎるもんは禁物だ。ただでさえ傷ついてる粘膜を、さらに傷つけちまうからな。こういう、喉ごしの良い、人肌くらいの温かい料理が一番なんだ」
カウンターの向こうで、セイレーンの少女は、ただ静かに俺の手元を見つめていた。その大きな瞳には、かすかな期待の色が浮かんでいる。厨房から漂う、穏やかで、優しい香りが、彼女の張り詰めていた心を、少しずつ、少しずつ解きほぐしているようだった。
やがて、完璧に蒸し上がった茶碗蒸しの上に、とろみをつけた葛あんをそっとかける。これで、さらに喉を優しく通り、保温効果も高まる。
「お待ちどう。まずは、この特製ハニージンジャーティーからだ。焦らず、ゆっくり、喉を潤すように飲んでみな」
俺は、湯気の立つマグカップを、彼女の前にそっと置いた。
彼女は、そのカップを両手で大切そうに包み込むと、おずおずと、その一口を口に含んだ。
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