表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気まぐれ食堂ねこまんま〜動物好きおっさんの異世界飯テロ日誌〜  作者: はぶさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/300

第八話:ドワーフと神経伝達の話 (3/3)

ツチネは、目の前に置かれた、およそドワーフの食事とは思えない洒落たデザートを、ただただ、信じられないといった顔で見つめていた。


「けっ…、こんな甘ったるいもんで、腹が膨れるかよ。あたしらの飯は、もっとこう、歯ごたえがあって、力強いもんなんだ」


彼女はそう悪態をつきながらも、その香ばしく、どこか心を落ち着かせる香りには抗えなかったらしい。恐る恐る、しかし職人らしい手つきでフォークを手に取ると、ガトーショコラを一口分切り取り、用心深く口に運んだ。


その瞬間、彼女の頑固な表情が、ピシリと固まった。


《な……なんだい、こりゃあ……!?》


脳内に響く、驚愕の声。


《甘いだけじゃねえ…。カカオの深い苦味と、濃厚な香りが口ん中に広がる…。しっとりとして、舌の上でとろけるようだ。あたしがいつも食ってる、パサパサの黒パンとは大違いだ……》


彼女は、次にスムージーを一口飲んだ。


《こっちは、なんだか腹の底から、じんわりと落ち着くような……。それに、うまい。ああ、うまいな、こいつは……》


彼女は、それから無言で、しかしどこか恍惚とした表情で、デザートを口に運び続けた。一口食べるごとに、あれほど張り詰めていた肩の力が、ふっと抜けていくのが分かった。炉の火のように燃え盛っていたイライラが、穏やかな湖のように、静まっていく。


そして、皿とグラスが綺麗に空になった時、ツチネは、はぁ……と、今まで聞いたこともないような、穏やかで、深い息をついた。


「どうだい? 少しは落ち着いたろ。神経のささくれも、和らいだんじゃねえか?」


俺が声をかけると、ツチネはハッとして、自分の手を見つめた。あれほど、言うことを聞かずにぷるぷると震えていた指先が、今は嘘のように、ぴたりと静止している。


彼女は、信じられないといった様子で、腰の道具袋から一本の小さな彫刻刀と、練習用の木片を取り出した。そして、試しに、その木片に一族に伝わる複雑な紋様を彫り始める。


ス…スス…


彫刻刀の先端が、木の上を滑るように走る。

震えはない。迷いもない。彼女の思った通りの、滑らかで、力強く、そして美しい曲線が、木片の上に寸分の狂いもなく刻まれていく。それは、もはや作業ではなく、一つの芸術が生まれる瞬間だった。


「……なんで、だ……? あんなに震えてた、あたしの手が……。まるで、体の一部じゃねえみたいだったのによ……」


呆然と呟くツチネに、俺はニヤリと笑って言った。


「魔法じゃねえ、科学だよ。あんたの体は、足りなかった栄養を求めて悲鳴を上げてただけさ。それを、ちゃんと補給してやった。ただ、それだけのことだ。最高の道具も、使い手が万全じゃなきゃ、その力は発揮できねえだろ?」


ツチネは、しばらくの間、自分の手と、彫りかけの木片を交互に見ていたが、やがて、ふっと顔を上げた。その目には、もう焦りの色はない。職人としての、揺るぎない自信に満ちた光が戻っていた。


「……ふん。まあ、悪くはなかったよ。おかげで、最高の剣が打てそうだ。借りが、できちまったな」


彼女は、ぶっきらぼうにそう言うと、財布から金貨を数枚取り出して、カウンターに叩きつけた。


「釣りはいらねえよ! その代わり、その黒いカカオ、少しもらうよ!」


俺は笑って、お土産にカカオ豆と数種類のナッツを布袋に包んで渡した。ツチネはそれをひったくるように受け取ると、「じゃあな!」とだけ言い残し、風のように店を出ていった。その背中は、もう悩める職人ではなく、歴史に残る傑作を生み出す、一流の鍛冶師のものだった。


「やれやれ、威勢のいいこった」


俺は、彼女が置いていった金貨を眺めながら、小さく笑った。

職人の繊細な指先も、結局は栄養、つまり食い物が支えている。この世界の真理は、どこまでもシンプルで、面白い。


ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!皆さんの感想や、フォロー・お気に入り登録が、何よりの励みになります。これからも、この物語を一緒に楽しんでいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ