第八話:ドワーフと神経伝達の話 (2/3)
「最高の仕事には、最高の休息と栄養が必要だ。嬢ちゃん、あんたに今必要なのは、景気づけの酒じゃねえ。心と体を芯から落ち着かせる、極上のデザートだ」
俺は厨房に入ると、棚の奥から大事にしまっておいた、黒い塊を取り出した。それは、この世界ではまだ珍しい、カカオ豆をすり潰して固めたビターチョコレートの素だ。ずっしりと重く、まるで磨かれる前の黒曜石のような鈍い光を放っている。
「なんだい、その黒い石っころは。食えるのかい、そんなもん。ドワーフは宝石には詳しいが、そいつは見たこともねえな」
カウンターから、ツチネが訝しげな声を投げてくる。その声にはまだ、疑いの色が濃く滲んでいた。
「石っころじゃねえ、カカオだ。こいつが、あんたの震えを止める特効薬になる。いいかい、嬢ちゃん。このカカオや、これから使うナッツやバナナにはな、さっき言った『マグネシウム』が、これでもかってくらい詰まってるんだ。神経の興奮を鎮めて、筋肉をリラックスさせる、まさに『食べる鎮静剤』さ。あんたが毎日炉の火と向き合って、槌を振るうことで失ったもんを、今からここで補給してやる」
俺はそう説明しながら、チョコレートを包丁で細かく刻み、湯煎でゆっくりと溶かしていく。店の中に、濃厚で、ほろ苦く、そしてどこか心を落ち着かせるようなカカオの香りが満ちていく。
次に、卵を卵黄と卵白に分け、卵白を寸胴のボウルに入れ、ツノが立つまでしっかりと泡立てて、きめ細かいメレンゲを作る。溶かしたチョコレートに、卵黄、砂糖、そして香り付けに少量のリキュールを加えて混ぜ合わせ、最後に、泡を潰さないように、メレンゲをさっくりと混ぜ込む。これを型に流し込み、石窯でじっくりと焼き上げていく。
「さて、お次は飲み物だ。こいつも、今日の主役だぜ」
俺は、頑丈な木製のミキサーに、皮を剥いたバナナ、数種類のナッツ、そしてこの世界で手に入れた豆乳のようなものを入れて、一気にかき混ぜる。ガリガリ、ゴリゴリという、ナッツが砕ける力強い音と共に、バナナの甘い香りとナッツの香ばしい匂いが立ち上った。
《……なんだい、この匂いは。甘ったるいだけじゃなく、なんだか、頭の芯がじんわりするような、心が落ち着くような……。いつも工房で嗅いでる鉄の匂いとは、大違いだ……》
ツチネは悪態をつきながらも、その鼻は正直に、厨房から漂ってくる香りをクンクンと嗅いでいた。彼女の眉間に寄っていたシワが、ほんの少しだけ、和らいだように見えた。
やがて、石窯から、完璧に焼き上がったガトーショコラを取り出す。中心は、フォークを入れるのをためらうほどしっとりと濃厚で、外側はさっくりとした理想的な焼き加減だ。
冷ましたガトーショコラを厚めに切り分け、皿に乗せる。仕上げに、真っ白な粉糖を、まるで冬の山の初雪のように振りかけ、ミントの葉を彩りに飾る。グラスに注いだ、とろりとしたスムージーを添えて、頑固な職人のための、特別なデザートセットの完成だ。
「お待ちどう。職人のためのデザートセット、『濃厚ガトーショコラと、心とろけるナッツバナナスムージー』だ」
俺は、ツチネの前に、その一皿をそっと置いた。
彼女は、目の前に置かれた、およそドワーフの食事とは思えない洒落たデザートを、ただただ、信じられないといった顔で見つめていた。その瞳には、戸惑いと、ほんの少しの好奇心が入り混じっていた。
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