表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/98

第一話:おっさんとコカトリスと瞬膜の話 (3/3)

「よし、待ってな! お前さんのその綺麗な瞳のために、とびきりの一皿を作ってやる」


俺は気合を入れ直し、厨房の棚から手頃な鍋と、保存してあった野菜を取り出した。目に良い栄養素が豊富な人参と、この世界で手に入った「黄金カボチャ」だ。


「人参やカボチャに含まれるβ-カロテンはな、体の中に入るとビタミンAに変わる。こいつが目の粘膜を健康に保ったり、暗い場所でものが見えるように助けてくれるんだ。まさに『食べる目薬』ってわけだ」


独り言ちながら、手際よく野菜の皮を剥いていく。柔らかくなるまでじっくりと煮込み、野菜の甘みを引き出すため、森で採れたタマネギも少し加えるのがポイントだ。コトコトと煮込むうちに、野菜の優しい香りが店内にふわりと立ち込めた。


《ぐぅぅ……いい匂い……コッコ……》


カウンターの向こうから、期待に満ちた心の声が聞こえてくる。俺はニヤリと口角を上げた。


野菜が十分に柔らかくなったら、裏ごしして滑らかなペースト状にする。それを鍋に戻し、この世界の牛(のような生き物)から分けてもらったミルクを少しずつ加えて伸ばしていく。塩をひとつまみ加えて味を整え、最後に香り付けのハーブを浮かべる。


「お待ちどう! 特製ほっこりポタージュだ!」


温かい湯気が立ち上る、鮮やかなオレンジ色のポタージュを、木の器に入れてコカトリスの前に置く。パンを一切れ添えてやる。


《た、食べていいのか……コッコ?》


「もちろんだ。さあ、冷めないうちにどうぞ」


コカトリスは、おずおずとクチバシを器に近づけ、一口、ポタージュをすすった。

その瞬間、彼の黄色の瞳が、カッと見開かれた。


《んんんん〜〜〜〜〜っ! な、なんだこれぇ! あったかくて、とろとろで、甘くて……やさしい味がする! おいしい! おいしいんだコッコーーー!》


脳内に響き渡る歓喜の絶叫。彼は我を忘れたように、夢中でポタージュを飲み始めた。時々、添えたパンを浸して、実に美味そうに食べている。その食べっぷりの良さに、俺は満足げに頷く。


あっという間に器を空にしたコカトリスは、満足そうな吐息を漏らした。


《ぷはー……。美味しかった……。こんなに美味しいもの、初めて食べた……コッコ》


「そりゃ良かった。さて、腹も膨れたところで、作戦会議の続きだ」


俺は椅子に座り、コカトリスと目線を合わせる。


「お前さんの問題は、瞬膜のせいで瞬きをしないから、相手を威嚇しているように見えることだったな。解決策は、実はシンプルだ」


《ごくり……》


「意識して、『瞬き』をするんだ。普通の、まぶたを閉じる方のな」


《い、意識して……?》


「ああ。いいか、よく聞けよ。動物、特に猫や鳥みたいな捕食者でもある動物の世界ではな、相手の前で無防備に目を閉じるってのは最大の信頼の証なんだ。『君の前では武器を収めるよ』『君に敵意はないよ』っていう、言葉を超えた挨拶なのさ。だから、これを『スロー・ブリンキング』って言ってな、猫好きの間じゃ常識なんだぜ」


俺の動物豆知識に、コカトリスは目を丸くする。


「だから、森のウサギさんやゴブリンの子供たちに会ったら、まずは自分から、ゆっくりとまぶたを閉じてみせるんだ。『僕は君の友達になりたいんだ』って気持ちを込めてな。いきなりは難しいだろうから、ここで練習していけ」


俺は厨房から、デザート用に作っておいた小さな果物の蜜漬けを持ってきた。


「いいか? 俺がこれを差し出すから、受け取る前に、ゆっくりと一度、瞬きをしてみろ。できたらご褒美だ」


《わ、わかった! やってみる、コッコ!》


コカトリスは真剣な顔で俺を見つめる。俺が蜜漬けを差し出すと、彼はぎゅっと力を込めて……ゆっくりと、その猛禽類のようなまぶたを閉じた。そして、再び開く。


それは、威嚇とは程遠い、とても穏やかで、優しい表情に見えた。


「そうだ、上手いぞ! ほら、ご褒美だ」


蜜漬けを口に入れてやると、コカトリスは嬉しそうにそれを飲み込んだ。


それから三十分ほど、俺たちは瞬きの練習を繰り返した。最初はぎこちなかったが、最後にはコカトリスもコツを掴んだようだった。


「よし、それだけできれば大丈夫だ。自信を持て」


《うん! 旦那、ありがとう! 僕、頑張ってみるよ!》


力強く頷いたコカトリスは、来た時とは別人のように、希望に満ちた顔つきになっていた。彼は深々と頭を下げると、軽い足取りで店を出ていった。


カランコロン。


ドアが閉まる音を聞きながら、俺は一人、カウンターで呟いた。


「ま、なんとかなるだろ。……さて、明日はどんな客が来るかねぇ」


人間相手ではない、一風変わった食堂。だが、こういうのも悪くない。俺は空になった器を片付けながら、なんだかんだで楽しくなってきたこの異世界ライフに、小さく笑みをこぼすのだった。


ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!皆さんの感想や、フォロー・お気に入り登録が、何よりの励みになります。これからも、この物語を一緒に楽しんでいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ