幕間:誇り高き剣士と、初めての酸味
わたくしの世界は、錆びついていました。
あれほど軽やかだった木剣が、今は、鉛のように重い。
一日、鍛錬をすれば、三日は、石のように動けなくなる。
寄る年波か、と。
一族最強と呼ばれた、このわたくしが、こんなにも、あっさりと、老いというものに屈してしまうのか。
その、どうしようもない無力感が、わたくしの魂を、内側から、ゆっくりと蝕んでいきました。誇りだった翡翠の鱗も、輝きを失っていく。
このままでは、わたくしは、剣士としてではなく、ただの、疲れ果てた抜け殻として、この湿地の泥に還ってしまうのではないか。
その恐怖が、わたくしを、あの、不思議な食堂へと、導いたのかもしれません。
わらにも、すがる思いでした。
現れたのは、まだ、あどけなさの残る、三人の、若き料理人さんたち。
彼らは、わたくしの、この、無様な姿を見ても、憐れみはしませんでした。それどころか、リーダー格の若者が、こう言ったのです。
「あんたの、その錆びついちまった体に、もう一度、最高の炎を灯してやる」と。
厨房で始まったのは、調理というより、もはや、わたくしの魂を鍛え直すための、神聖な儀式でした。
鍋から響き渡る、**ジュワアアアアッ!**という、力強い生命の音。立ち上る、甘酸っぱい、どこまでも食欲をそそる香り。
老いへの恐怖で固く閉ざされていたわたくしの心が、彼らの、その、真剣で、温かいハーモニーの中で、少しずつ、解きほぐされていくのが分かりました。
そして、差し出された、一つの、温かい奇跡。
「疲労回復!鶏肉と春野菜の黒酢あんかけ」。
一口、口に運ぶ。
その瞬間、わたくしの世界から、錆びついた匂いが消えました。
鶏肉の、どこまでもジューシーな旨味。黒酢の、深く、芳醇な酸味とコク。春野菜の、力強い味わい。
ああ、なんと、力強いのでしょう。
諦めでも、溜め息でもない。これは、わたくしが、ずっと探し求めていた、『活力』という名の、温もりでした。
そして、奇跡は、本当に起きたのです。
わたくしは、ずっと忘れていた、あの感覚を、思い出しました。
体の芯から、強張っていた筋肉が、解きほぐされていく感覚。
そして、抗いがたい、力強い活力。
《…熱い…。ああ、なんと、体が燃えるように、熱いのだろう…》
ありがとう、ザック様、リル様、ゴル様。
あなた方が与えてくれた、この優しい活力で、わたくしは、この、美しき春の湿地で、もう一度、剣を振るうとしましょう。
もう、この森が、老いた剣士の、錆びた溜め息に凍えることはありません。
代わりに、どこからともなく、風に乗って聞こえてくる、鋭く、力強い木剣の素振りの音に、全ての命が、新しい春の訪れを、確信するのですから。
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