第六十九話:誇り高き衛兵と、眠りのシチュー(2/3)
ザックの、若き料理人としての、自信に満ちた宣言。
疲れ切っていたグリフォンのガイウスは、その、あまりにも力強く、そして、どこか温かい響きを持つ料理の名前に、ただ、その血走った瞳を、ぱちくりとさせるだけだった。
厨房の空気が、キリリと引き締まる。
親方の指示はない。自分たち三人だけで、この、あまりにも繊細な神経の問題に、完璧な「答え」を、示さなければならない。
「…リル、設計は、お前に任せる」
ザックの、リーダーとしての、全幅の信頼。リルは、力強く頷いた。
「うん。僕たちが作るべきは、シチュー。それも、三位一体の、完璧な安眠食だ。鶏肉と、チーズ(カルシウム)を、神経の鎮静作用がある、ほうれん草と一緒に、一つの皿に集結させるんだ」
リルは、厨房の棚から、それぞれの「休息」を象徴する、主役となる食材を選び出した。
一つは、シチューの本体となる、柔らかく煮込んだ鶏の胸肉。一つは、鎮静の緑を添える、鉄分豊富なほうれん草。そして、もう一つは、安らぎのコクを加える、カルシウムの塊、熟成チーズと、温かいミルク。
カウンターの向こうで、その光景を見ていたガイウスの、乾いた唇が、かすかに動いた。
(…鶏肉…?チーズ…?そして、あの、土の香りがする草…?これらが、わしを救うと…?)
「ゴル!お前の仕事は、この料理の、力強い『土台』作りだ!」
リルの、的確な指示が飛ぶ。
「ジャガイモとニンジンを、ひたすら丁寧に、面取りしてくれ!だが、ただ切るんじゃねえ。親方が教えてくれた、あの『飾り切り』の心だ。煮崩れず、しかし、味が染み込むように。お前の、その、岩を持ち上げる力強さの全てを、刃先の、繊細なコントロールに変えるんだ!」
「おう、任せとけ!」
ゴルは、大きな木のまな板の前に、どっしりと立った。彼の、岩のような指先が、今は、小さなジャガイモの角を、まるで宝石でもカットするかのように、丁寧に、正確に、落としていく。
(…親方は言ってた。俺のこの力は、誰かを傷つけるためじゃなく、癒やすためにあるんだ、と…。この、張り詰めてる旦那を、俺の手で、温めてやるんだ…)
その間に、リルは、この料理の「魂」である、ホワイトソースを担当していた。
バターで小麦粉を焦がさぬよう、じっくりと炒め、ミルクを少しずつ加えていく。その、どこまでも白く、滑らかなソースに、すり潰したほうれん草を加え、宝石のようなエメラルドグリーンのソースを完成させていく。
(…このソースが、彼の、荒ぶる神経を、内側から、優しく温め続けてくれるはずだ…!)
そして、最後に、ザック。
彼は、この料理の「華」である、鶏肉のソテーを担当していた。
熱したフライパンに、たっぷりのバターを溶かす。ジュワッ、という、食欲をそそる心地よい音。
彼は、その作業を、ガイウスの心に、直接届けるかのように、敢えて、楽しげに、そして、力強く、行っていた。
(…聞こえるか、大将。これが、『安らぎ』っていう、本質だ。あんたが今、一番欲しがってる、力強い、休息の音だぜ…!)
ゴルが完璧に下ごしらえした根菜と共に、鶏肉を香ばしく焼き上げ、リルの作った緑色のソースと、チーズをたっぷり加えて、オーブンでじっくりと、最後の仕上げを行う。
やがて、全ての準備が整った。
オーブンから取り出された皿の上で、緑色のシチューが、ぐつぐつと、心地よい音を立てている。チーズの焦げる、香ばしい香り。ミルクの、どこまでも優しい香り。
皿の上に、一つの、完璧な「物語」が完成した。
緑の森が、温かい乳の海に抱かれて、穏やかな眠りについている。
俺は、その光景を、ただ、静かに見守っていた。
(…もう、俺の出る幕は、本当に、なくなったな…)
彼らは、俺の教えを、ただ真似るのではない。自分たちの経験と、知識と、そして、目の前の客への想いを融合させ、全く新しい、自分たちだけの「答え」を、生み出している。
ザックが、その皿を、ガイウスの前に、そっと置く。
「お待ちどう。あんたのための、『月光の寝かしつけシチュー』だ。さあ、腹いっぱい、この休息を、味わってくれ」
ガイウスは、ただ、言葉もなく、その光景を見つめていた。
目の前から立ち上る、バターとミルク、そして、チーズの、どこまでも優しく、温かい香り。
それは、彼が、もう何ヶ月も忘れてしまっていた、生きるという、ささやかで、しかし、何よりも温かい、幸せの光景そのものだった。
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