幕間:石の心とシュワシュワの奇跡
わしは、ゴホウ。ただの石くれじゃ。
遠い昔、わしには主がおり、四季折々の花が咲き誇る美しい庭園を守るという、誇り高い役目があった。だが、主は去り、庭園は森に還った。守るべきものを失ったわしは、ただ、時が過ぎるのを待つだけの存在となった。
雨が降れば、体に苔が生える。それは、まるで捨てられた石にまとわりつく、忘却の衣のようじゃった。風が吹けば、関節に砂が詰まる。動くたびに、体が軋む。「ギ、ギギ…」。その音は、わしの心がすり減っていく音のようでもあった。胸の奥にある、わしの命ともいえるコアの輝きも、日に日に弱くなっていくのが分かった。
もう、このまま森の土に還るだけかのう。
そう諦めかけていた時じゃ。風に乗って、不思議な噂がわしの耳に届いた。森の奥に、どんな悩みも解決するという、不思議な料理人がいる、と。
料理人? わしは飯など食わん。じゃが、何かにすがりたかった。わしは、軋む体に鞭を打ち、その店へと向かった。一歩進むごとに、関節が悲鳴を上げる。途中で何度も、もうやめようと思った。じゃが、そのたびに、心のどこかで「このままでは嫌じゃ」という、小さな声がした。
店の主は、ぶっさんと名乗った。
わしの苔むした姿を見ても、気味悪がるでもなく、ただ「しんどそうじゃねえか」と、長い付き合いの友人にでも語りかけるように、優しく声をかけてくれた。
わしの悩みを聞いた主は、こともなげに言った。「食べるんじゃなくて、浴びるもんだ」と。
そして、わしを大きな樽に入れ、何やら白い粉やキラキラした石を振り入れた。
次の瞬間じゃ。
シュワワワワワッ!
樽の中の水が、命を得たように泡立ち、無数の小さな泡が、わしの体を包み込んだ。
驚いた。じゃが、それ以上に、心地よかった。
シュワシュワという優しい刺激が、長年わしを苦しめてきた関節の汚れを、かき出してくれる。体を覆っていた重たい苔の鎧が、はらり、はらりと剥がれていく。石の肌に、水が直接触れる感覚。何百年ぶりに思い出した、懐かしい感覚じゃった。
体が、どんどん軽くなっていく。
胸のコアが、内側からぽかぽかと温かくなっていく。それは、主がわしを造ってくれた時の、あの温もりに似ておった。
樽から出た時、わしは生まれ変わっておった。
手足を動かしても、もうあの嫌な音はしない。すっ、と滑らかに動く。見下ろせば、苔一つない、生まれたての頃のような、つるりとした自分の体があった。
主は「体のポリッシュパウダーだ」と言って、あの魔法の白い粉をわしにくれた。
店を出て、森を歩く。足取りが、軽い。
今まで見過ごしていた、道端に咲く小さな花の色や、頭上の木々の葉の形が、はっきりと見える。世界が、こんなにも輝いておったとは、知らんかった。
わしは、空を見上げた。
役目はなくとも、わしはまだ、ここにいる。この軽くなった体で、この美しい森を、もう少しだけ歩いてみようかのう。かつて「守る」だけだったこの森を、今度は自分の足で、自分の目で、楽しんでみるのも悪くない。
主よ、感謝するぞい。
次にあの店を訪れる時は、もう少しだけ、背筋を伸ばして、胸を張って、会いに行くとしよう。わしの新しい人生の、恩人としてな。
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