第七話:ゴーレムと魔法の炭酸水 (3/3)
シュワシュワという心地よい音と共に、奇跡はゆっくりと、しかし確実に進行していた。
ゴホウさんの体を重たい外套のように覆っていた頑固な苔が、その根を浮かされ、ぽろり、またぽろりと、まるで古い木の皮が剥がれるように剥がれ落ちていく。関節の隙間に化石のように詰まっていた土汚れも、無数の炭酸の泡に優しく押し出されるように、水面に次々と浮かび上がってきた。
樽の中のお湯は、見る見るうちに深い緑色に濁っていったが、それに反比例するように、ゴホウさんの石の体は、本来の滑らかで美しい石肌を取り戻していく。それは、長い年月、埃をかぶっていた宝石が、丁寧に磨き上げられていく過程を見ているかのようだった。
《おお……おおお……! 体が……軽い! まるで羽のようじゃ! 腕が、すっと上がるぞい!》
ゴホウさんは、樽の中でゆっくりと、そして力強く腕を上げてみせた。今までなら「ギギギ…」と、聞いているこちらが痛くなるような嫌な音を立てていた関節が、嘘のように滑らかに動いている。彼は、信じられないといった様子で、何度も腕を曲げたり伸ばしたりしていた。
そして、一番の変化は、彼の胸の中心で起きた。
長年の汚れが落ち、岩塩のミネラルを吸収したことで、今までどんよりと曇っていたコアクリスタルが、内側から放つ光を増し、力強く、そして生命力に満ちた温かい輝きを取り戻していたのだ。
「どうだい、じいさん。スッキリしたろ? 長旅の疲れも、すっかり落ちたみてえだな」
俺が樽の縁から声をかけると、すっかり綺麗になったゴホウさんは、樽から立ち上がり、満足そうに頷いた。
《うむ……。こんなに体が軽くなったのは、何百年ぶりかのう。まるで、わしを造ってくれた主の元を離れた、あの日に戻ったようじゃ。ぶっさんとやら、感謝するぞい。このご恩、石に刻んで忘れん》
「はは、気にすんな。たまにはこうして、溜まった垢を落としてやるのも大事だぜ」
俺は樽のお湯を抜き、綺麗な布でゴホウさんの体を丁寧に拭いてやった。苔がなくなった彼の体は、つるりとしていて、なんだか少し若返ったように見える。
「ほら、これを持って行きな。お土産だ」
俺は、小さな布袋に包んだ重曹の粉を、彼に手渡した。
「体のポリッシュパウダーみたいなもんだ。時々、こいつを水に溶かして体を磨いてやるといい。また苔が生えてくるのを防いでくれるからな。いわば、若さを保つ秘訣だ」
ゴホウさんは、その白い粉の入った袋を、まるで稀代の秘宝のように、大切そうに両手で受け取った。
《うむ、心得た。このご恩、生涯忘れんぞ》
深々と頭を下げると、ゴホウさんは店を出ていった。その足取りは、来た時とは比べ物にならないくらい、軽く、しっかりとしている。もう、あの石が擦れるような、痛々しい音は聞こえない。彼は一度振り返ると、輝きを取り戻したコアを、感謝を示すように一度だけ、強く輝かせてみせた。
「さてと……今日の客も、無事に満足してくれたみてえだな」
俺は、樽に残った大量の苔と汚れを掃除しながら、一人ごちた。
栄養学だけじゃない。化学の知識だって、この世界では立派な魔法になる。俺が今まで培ってきた全ての知識が、この森の誰かの役に立つ。
そう思うと、なんだか胸が熱くなった。
俺は、次の不思議な客との出会いに思いを馳せながら、店の片付けを続けるのだった。
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