第六話:ワーウルフと満月のステーキ (2/3)
店の外の空気が、一瞬にして変わった。突風が吹き、店の前の木々が大きくざわめく。空が、巨大な影で覆われた。
バサッ、という地を揺るがすほどの力強い羽音と共に、店の前に舞い降りたのは、黄金の翼を持つ空の王者、グリフォンだった。その鋭い鉤爪には、見事な枝角を持つ、大人の鹿ほどの大きさの魔物が、ぐったりとぶら下がっている。その体には傷一つなく、一撃で仕留めたことが伺えた。
《ぶっさん。この前の礼だ。お前のおかげで、狩りの調子がいい。こいつは、俺からのおすそ分けだ。好きに使うといい》
その声は、相変わらずぶっきらぼうだが、以前よりもずっと穏やかで、確かな自信に満ちている。ワーウルフの少年ガルは、突然現れた伝説の魔物の圧倒的な存在感に怯え、悲鳴を上げることもできずに俺の後ろに隠れてしまった。
だが、俺の目は、グリフォンがもたらした極上の獲物に釘付けになっていた。
(すげえ……! この肉付き、この毛艶! 間違いなく、森でも最上級の獲物だ。しかも、これなら……!)
「グリフォン、最高の土産をありがとうよ。こいつは、ちょうど腹を空かせた若者のために、最高の形で使わせてもらうぜ」
俺がグリフォンに礼を言うと、彼は満足そうに一つ頷き、邪魔にならぬようにと、店の隅で翼を休ませ始めた。
俺は早速、その獲物を店の裏手にある作業台へと運び、手際よく解体し始めた。ワーウルフの少年ガルが、俺の後ろから、不思議そうに、そして少し羨ましそうにこちらを見ている。
「坊主、よく見とけよ。あんたのその脆い爪を、ダイヤモンドに変える魔法の料理の始まりだ」
俺はまず、滑らかな動きで皮を剥ぎ、獲物の腹を裂くと、まだ温かい、艶やかな内臓を丁寧に取り出した。その中でも、ひときわ大きく、血の色が鮮やかなレバーを見つけ出すと、すぐさま冷たい水に浸して血抜きを始める。
「いいか。丈夫な爪や毛を作る主成分は『ケラチン』っていうタンパク質だ。だが、そいつを体の中で作り出すには、ただの肉だけじゃ足りねえ。特に、ビタミンB群の一種である『ビオチン』と、『亜鉛』っていうミネラルが不可欠なんだ。そして、その二つが、このレバーには死ぬほど豊富に含まれてる」
俺はガルに語りかけながら、肉厚な赤身のブロックを切り出す。きめ細かいサシの入った、最高のステーキ肉だ。
「群れじゃ、こういう美味くて栄養のある内臓は、強い奴らが真っ先に食っちまうだろ? 坊主みたいに気弱な奴に回ってくるのは、栄養の少ない筋張った肉や骨ばっかり。だから、いくら腹一杯肉を食ってるつもりでも、肝心な栄養が足りてなかったんだよ」
《う……》
少年は、図星を突かれて気まずそうに俯いた。彼の小さな世界での、厳しい現実がそこにはあった。
「だが、今日は違う。今日は、こいつ全部がお前のための食材だ」
俺は熱した分厚い鉄板に油をひき、厚さ3センチはあろうかという赤身肉のブロックに、挽きたての岩塩と黒胡椒を振って、勢いよく乗せる。
ジュワァァァァァァッ!
鼓膜を揺さぶるような音と共に、肉の焼ける香ばしい匂いが、店中に一気に立ち込めた。野生の本能を直接刺激する、抗いがたい香りだ。俺は表面を強火でカリッと焼き付け、肉汁を完全に中に閉じ込める。
肉を焼いている間に、牛乳に浸しておいたレバーで、特製のパテを作る。みじん切りにしたニンニクと玉ねぎをバターでじっくりと炒め、甘みを引き出す。そこに、水気を切ったレバーを加えて火を通し、仕上げに少量のリキュールを加えてフランベし、香り付けをする。それを、滑らかになるまで丁寧にすり潰していく。
焼き上がったステーキを少し休ませ、最高の状態で皿に乗せる。その上に、まだ温かい、濃厚なレバーパテをたっぷりと添える。仕上げは、第四話の買い出しで手に入れたナッツを砕いて作った、亜鉛たっぷりの特製ソースだ。
「お待ちどう! 狩人のためのフルコース、『極厚ビフテキ 〜再生のレバーパテと森のナッツソースを添えて〜』だ!」
目の前に置かれた、圧倒的な存在感を放つ一皿。湯気と共に立ち上る、暴力的なまでの肉の香り。
ワーウルフの少年ガルは、ゴクリと喉を鳴らし、その一皿を、ただ呆然と見つめていた。
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