第一話:おっさんとコカトリスと瞬膜の話 (2/3)
「友達が……欲しい……」
あまりにも純粋な悩みに、俺は数秒間フリーズしてしまった。石化の邪眼より、よっぽど衝撃的なカミングアウトだ。
「……なるほどな。友達、か。そりゃあ一人より二人の方が、飯も美味いってもんだ」
我に返った俺は、そう言いながらカウンターの内側から出て、コカトリスのそばにしゃがみ込んだ。魔物相手に無防備すぎる気もするが、こいつからは不思議と悪意のようなものが一切感じられない。
「なんで友達ができないって思うんだ? 何か心当たりでもあるのか?」
俺が尋ねると、コカトリスは悲しそうに俯いた。その頭を優しく撫でてやると、脳内に再びか細い声が響いてくる。
《みんな……僕の顔を見ると、怖がって逃げちゃうんだ、コッコ……。森のウサギさんたちも、ゴブリンの子供たちも……みんな、僕が睨んでるって言うんだ。そんなつもり、ないのに……》
なるほど。原因は「目つき」か。
確かに、猛禽類と爬虫類を足して2で割ったような鋭い眼光だ。何も知らなければ、威嚇されていると感じるかもしれない。
だが、俺は元・動物マニアのおっさんだ。ただの「目つきが悪い」で片付けるほど、素人じゃない。
「よし、ちょっと俺の目を見てみろ。じーっとだ。瞬きしないで、見れるか?」
《う、うん……コッコ》
コカトリスは戸惑いながらも、その大きな黄色の瞳で俺をまっすぐに見つめてきた。
俺はその瞳を、プロの鑑定士のように観察する。
(瞳孔の開きは正常。充血もない。だが……)
普通の鳥類なら、もっと頻繁に瞬きをするはずだ。しかし、目の前のコカトリスは、一向にまぶたを閉じない。それなのに、瞳は潤いを失っていない。
そして、観察を続けて数秒後。俺は見逃さなかった。
彼の眼球の表面を、半透明の薄い膜が、目頭から目尻に向かってサッと水平に流れていくのを。
「……これか!」
思わず声が出た。間違いない。**「瞬膜」**だ。
鳥類や爬虫類が持つ、第三のまぶた。人間のようにまぶたを閉じることなく、眼球の潤いを保ち、保護することができる器官だ。彼らにとっては合理的な体の仕組みだが、人間や他の哺乳類から見れば、それは「まぶたを閉じずに、じっとこちらを見つめ続ける不気味な視線」に他ならない。
「お前さん、怖がられる原因はそれだ。瞬膜だよ」
《しゅんまく……? なにそれ、おいしいの……コッコ?》
(食い意地は張ってるんだな、こいつ)
俺は苦笑しながら、なるべく分かりやすいように説明を始めた。
「瞬膜ってのはな、お前さんが持ってる透明なまぶたのことだ。それを動かして目に潤いを与えてるから、普通のまぶたをパチパチする必要がないんだよ。でもな、他の動物から見ると、お前さんがずっと自分たちを睨みつけてるように見えちまうのさ。悪気がないのは分かるが、勘違いされちまってるんだ」
俺の説明に、コカトリスは衝撃を受けたようだった。
《そ、そんな……! だからみんな、僕から逃げて……。どうしよう、これ、治らないのか……コッコ?》
潤んだ瞳から、今にも涙がこぼれ落ちそうだ。俺はポンと彼の頭を叩いて、ニヤリと笑ってみせた。
「心配するな。フードコーディネーターなめんなよ。こういう時のための、料理だろ?」
《りょ、料理……?》
「ああ。まずは腹ごしらえだ。目に良い栄養素たっぷりの、特製親子丼を作ってやる。それを食って、作戦会議と行こうぜ」
友達作りの第一歩は、まず自分を知ることから。そして、腹が減っては戦はできぬ、だ。
俺は腕まくりをして、厨房へと向かった。
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