第五話:森の精霊と光合成の話 (3/3)
少女は、目の前に並べられた、今まで見たこともない料理の数々を、ただ静かに見つめていた。その瞳には、かすかな希望の光が灯っているように見えた。
「さあ、食ってみな。箸の使い方が分からなけりゃ、手で食ってもいいし、スプーンも出すぜ?」
俺がそう言うと、少女はふるふると首を横に振った。そして、不慣れな手つきで、そっと箸を手に取る。
まず、味噌汁の器を手に取り、一口、静かにすすった。
その瞬間、彼女の透き通るような瞳が、驚きに見開かれた。
《あ……あたたかい……。しょっぱくて、でも、やさしい味が、体の中に染みていくようです……》
次に、ほうれん草の胡麻和えを、おずおずと口に運ぶ。
《しゃきしゃき、してる……? それに、この黒い粒々の香ばしい風味が……ああ……力が、湧いてくる……》
それからは、もう夢中だった。
炊き立ての白いご飯、豆腐とワカメの味噌汁、そして胡麻和え。派手さはない、素朴な料理たち。だが、彼女は一口一口を、まるで乾いた大地が水を吸い込むように、大事に、大事に、味わって食べていた。
やがて、すべての皿が綺麗に空になると、少女ははぁ……と一つ、満足そうなため息をついた。その頬は、来た時とは比べ物にならないくらい、ほんのりと血色が良くなっている。
そして、奇跡は起きた。
彼女が、自分の髪にそっと触れると、指先にあった黄色く変色しかけていた葉の一枚が、その先端から、ふわりと鮮やかな若葉色を取り戻したのだ。
《あ……! わたしの、髪が……!》
驚きと喜びに満ちた声が、店内に響き渡る。
もちろん、一度の食事で全てが治るわけではない。だが、それは紛れもなく、快方に向かっている確かな証だった。
「言ったろ? あんたの体は、正直なんだよ」
俺は満足げに頷くと、厨房から二つの小さな布袋を持ってきた。
「こいつは、さっき和え物に使った胡麻を炒ったもんだ。こっちは、味噌汁に入れたワカメを乾燥させたやつ。これを砕いて、あんたの本体である木の根元に撒いてやるといい。土自体が元気になって、もっとミネラルを吸い上げやすくなるからな」
少女は、その二つの袋を、まるで宝物のように、大切そうに両手で受け取った。
《旦那様……ありがとうございます……。このご恩は、決して忘れません》
深々と頭を下げる彼女の髪は、来た時よりも心なしか、艶やかに輝いているように見えた。
希望を取り戻したドライアドは、しっかりとした足取りで店を出ていく。その背中を見送りながら、俺は一人、静かにつぶやいた。
「植物も動物も、結局は食い物が基本、か。面白い世界だ、まったく」
体の内側から元気になる。それは、どんな生き物にも共通する、シンプルで、一番大事な真理なのかもしれない。俺は、また一つ新しい知識を得たような満足感と共に、空になった食器を片付け始めた。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!皆さんの感想や、フォロー・お気に入り登録が、何よりの励みになります。これからも、この物語を一緒に楽しんでいただけたら幸いです。




