第五話:森の精霊と光合成の話 (1/3)
仲間たちとの楽しい買い出しから数日。店にはまた、穏やかな日常が戻ってきていた。新しく手に入れた岩塩のおかげで、料理の味も一段と深みが増した気がする。
「さて、今日の賄いは何にすっかな……」
俺、仏田武ことぶっさんが、そんなことを考えながらカウンターを拭いていた、昼下がりのことだった。
カランコロン。
か細く、頼りない音を立てて、店のドアが開いた。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。透き通るように白い肌、森の湖のような澄んだ瞳。そして何より目を引くのは、その髪だ。陽の光を浴びて輝く、若葉のような緑色の髪をしていた。
(……人間、か? いや、違うな。この雰囲気は……)
彼女の体からは、まるで森そのもののような、清浄な気が発せられている。木の精霊、ドライアドといったところだろうか。
だが、その美しい少女は、ひどく思い詰めた表情をしていた。顔色も優れず、ふらふらとした足取りで、今にも倒れてしまいそうだ。
「い、いらっしゃい。大丈夫か? 顔色が悪いぜ。そこの椅子に座りな」
俺が声をかけると、少女はビクッと肩を震わせ、おずおずとカウンターの席に腰掛けた。
《あ、あの……旅の者から、噂を聞いて……。どんな悩みも、ここの旦那様の料理が解決してくれる、と……》
その声は、テレパシーで聞こえてくるものの、ひどく弱々しい。
「まあ、何でも屋みたいなもんだ。何か困ってることでもあるのかい?」
俺が優しく尋ねると、少女は俯き、自分の緑色の髪を、悲しそうに指で梳いた。すると、はらり、と一枚の葉が、力なく床に落ちた。その葉は、鮮やかな緑ではなく、ところどころが黄色く変色してしまっている。
《私の髪は、私の命そのものなんです……。私は、森の木から生まれたドライアド。この髪は、私の本体である木の葉と同じ。なのに、最近、力が湧いてこなくて……季節でもないのに、こうして葉が黄色くなって、落ちてしまうんです……》
なるほど。彼女の不調は、本体である木の不調と連動しているのか。
俺は彼女の髪――葉の状態を、プロの目でじっくりと観察する。
(葉脈はしっかりしているが、葉全体に張りがなく、色が薄い。特に、葉の縁から黄色く変色しているな……これは、病気というよりは……)
俺の脳裏に、フードコーディネーターとして学んだ、植物栄養学の知識が蘇る。
「嬢ちゃん、あんた、光合成はちゃんとできてるか?」
《こ、こうごうせい……?》
きょとん、とする彼女に、俺はニヤリと笑ってみせた。
「植物が生きるための、食事みたいなもんだ。嬢ちゃんのその綺麗な緑色の髪はな、『葉緑素』っていう色素のおかげなんだが、そいつが太陽の光を浴びて、エネルギーを作り出す。それが光合成だ。だが、その大事な葉緑素を作るには、土から吸い上げる栄養……特に『ミネラル』が必要不可欠なんだよ」
俺は立ち上がると、自信に満ちた声で言った。
「あんたの不調の原因は、十中八九、ミネラル不足だ。よし、任せとけ。体の内側から、足りない栄養をたっぷり補給してやる。今日は特別に、ヘルシーな和定食だ!」
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