第三十一話:雪男とチーズフォンデュの話(1/3)
雷獣の子供が、その温かい手で、仲間たちとの繋がりを取り戻してから数日。森は、本格的な冬の静寂に包まれていた。
「よっ、と。しかし、よく降るもんだな」
俺、仏田武ことぶっさんは、木製のスコップで店の前の雪をかき分けながら、白い息を吐いた。体を動かした後の、このキンと冷えた空気と静寂が、案外、心地よかったりする。
そんな時だった。
ふと、視線を感じたのだ。
店の向かいにある、雪をかぶった大きな岩陰から、何者かが、じっとこちらを見ている。俺が顔を上げると、その巨大な影は、ビクッ!と、その巨体に見合わないほど大げさに肩を震わせ、慌てて岩陰に隠れてしまった。
(…ありゃ、見かけ倒しか?)
俺は、スコップを壁に立てかけると、ゆっくりと、その岩陰へと近づいていった。
「おい、そんなところに隠れてねえで、出てきたらどうだ。別に、取って食ったりしねえよ」
俺が声をかけると、岩陰から、もじもじと、巨大な人影が姿を現した。
雪男だ。
身の丈は三メートルはあろうかという、圧倒的な巨体。たくましい筋肉に、鋭く尖った爪、そして、頭には、ねじくれた立派な角が生えている。
だが、その威圧的な見た目とは裏腹に、彼は、まるで叱られた子供のように、大きな体を縮こまらせて、俯いていた。
《……あ、あの…。お、驚かせて、すまない…》
脳内に響いてきたのは、その図体に全く似合わない、か細く、そして、ひどく優しい声だった。まるで、長い間使われていなかった竪琴の弦を、おそるおそる弾いたかのような、どこか錆びついた響きがあった。
「いや、驚いちゃいねえよ。それより、何か用かい?腹でも減ってるのか?」
俺が尋ねると、彼は、ふるふると、大きな頭を横に振った。
《…俺、ただ、友達が欲しいだけなんだ…。でも、俺が森を歩いていると、みんな逃げてしまう。『雪山の怪物だ!』って…。この爪も、角も、ただ、雪深い山で生きるためにあるだけなのに…》
その声は、深い、深い孤独の色をしていた。
《最近は、俺の毛並みも、元気がなくてボサボサだ。きっと、もっと恐ろしい怪物に見えるんだろうな…》
なるほどな。(…パンクロッカーが、ただ猫を撫でたいだけなのに、その見た目で怖がられちまうのと、こりゃ同じだな)
彼の悩みは、その強そうな見た目が、彼の「友達になりたい」という優しい本心とは、全く逆のメッセージとして伝わってしまうこと。その誤解が、彼を深い孤独に陥れ、ストレスと栄養不足で、自慢の純白の毛並みさえも輝きを失わせているのか。
「あんたの悩み、よく分かった。あんたの悩みは、二つある」
俺は、きっぱりと言った。
「一つは、その強そうな見た目が、君の優しさを隠しちまってること。もう一つは、そのストレスで、自慢の毛並みが元気をなくしてることだ」
《…う…うん…》
「だから、まず必要なのは、言葉よりも雄弁に『俺は君たちの仲間だ』って伝えるための、世界共通の平和な\*\*『儀式』\*\*だ」
《…ぎしき…?》
「ああ。そして、その儀式自体が、お前の毛並みを内側から輝かせる、最高の栄養食じゃなきゃ意味がねえ」
俺は、彼の瞳をまっすぐに見つめた。
「…その二つを同時に解決できる、最高の『平和な武器』がある。それが、チーズフォンデュだ」
《ちーず…ふぉんでゅ…?》
聞き慣れない言葉に、雪男が、不思議そうに首を傾げた。
俺はニヤリと笑うと、孤独に震える心優しき巨人の、その巨大な腕に、ポン、と信頼を込めて触れた。
雪男の肩が、再びビクッと震える。だが、それはもう、恐怖の震えではなかった。生まれて初めて向けられた、何の警戒心もない、温かい接触に対する、驚きと、戸惑いと、そして、胸の奥から込み上げてくる、熱い何かに、ただ、必死に耐えているかのような震えだった。
「よし、任せとけ!今日は、お前さんに、世界で一番、平和な武器の作り方を教えてやる!お前さん自身の手で、友情の輪を広げるための、最高の一皿をな!」
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