幕間:孤独な火花と初めてのタッチ
僕の『タッチ』は、呪いだった。
優しく触れたい。ただ、それだけなのに。僕の手が世界に触れるたび、バチッ!と音を立てて、青白い火花が散る。触れた葉っぱは黒く焦げ、追いかけっこでタッチした友達は、痛みに顔を歪めて泣き出してしまう。
「ごめん…ごめんなさい…!」
何度、謝っただろう。
僕が謝るたびに、みんなは「大丈夫だよ」と言ってくれる。でも、次の日には、僕から少しだけ、遠い場所で遊ぶんだ。
その距離が、何よりも僕の心をチクチクと刺した。
だから、僕は触れるのをやめた。
木にも、草にも、誰にも。
雪の冷たさだけが、呪われた自分の輪郭を、悲しいほどはっきりと教えてくれる。僕はずっと、独りだった。
あの日も、そうだった。
凍った葉っぱに触れようとして、また、焦がしてしまった。もう、涙も出なかった。ただ、空っぽの心で、自分のどうしようもない体を呪っていた。
そんな時、あの男…ぶっさんは現れたんだ。
最初は、怖かった。
僕の体の秘密を、彼は一目で見抜いた。でも、その瞳は、僕を怪物として見ていなかった。まるで、怪我をした小動物を、心配そうに見つめるような、そんな目をしていた。
そして、彼は言ったんだ。
鍋を食べ終わる頃には、俺のこの手に、優しく触れられるようになる、と。
約束だ、と。
馬鹿げている。そう思った。
僕のこの呪いが、鍋一つで消えるはずがない。
でも、彼の掌は、あまりにも温かそうで、大きくて…。そして、何より、約束を告げた時の彼の瞳には、微塵の疑いもなかった。僕は、気づけば、その馬鹿げた約束に、すがりついていた。
雪の上で始まった、奇妙な食事会。
土鍋から立ち上る湯気は、僕の体から出る、あの焦げ臭い匂いとは全く違った。土の匂い、野菜の優しい匂い、肉の美味しい匂い…。心が、なんだか、落ち着いていくのが分かった。
そして、最初の一口。
温かいスープが、乾ききっていた僕の体を、内側から潤していく。
その瞬間、いつも僕を苛んでいた、あのチリチリとした不快な感覚が、ほんの少しだけ、和らいだんだ。
夢中で食べた。
一口ごとに、僕の体から孤独な火花が消えていく。拒絶の証のように逆立っていた毛が、本来の柔らかさを取り戻していく。
僕の体が、僕じゃないみたいに、穏やかになっていく。
食事が終わる頃、僕はもう、ビリビリしていなかった。
ぶっさんが、約束通り、掌を広げて見せる。
僕は、自分の前足を見た。
この、呪われた手。
でも、今はどうだろう。火花は散っていない。
大丈夫。あの人は、そう言った。
僕は、意を決して、震える指先を、彼の掌に近づけた。
そして、触れた。
……あたたかい。
ただ、温かいだけだった。バチッて言わない。痛くない。煙も出ない。
(ああ、そうか…)
これが…これが、友達が言っていた、『優しいタッチ』なんだ。
涙が、溢れて止まらなかった。
ぶっさんの大きな手が、僕の頭を優しく撫でてくれる。その温もりが、僕がずっと独りで凍えさせていた心を、全部、溶かしてくれた。
首にかけてもらった、銅製の鈴が、ちりん、と鳴った。
大地と繋がる、お守り。
もう、僕は独りじゃない。
この温かい手は、もう何かを傷つけるためだけのものじゃない。
確かな希望を、そして、誰かの温もりと繋がるためのものだ。
僕はもう、独りの呪われた怪物じゃない。この温かい手で、誰かと繋がることができる、ただの、一人の子供なんだ。
だから、ぶっさん、見ていて。
僕は、この手で、今度こそ、誰かと優しく触れ合って生きていくから。
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