第二十話:雷獣とアース鍋の話 (2/3)
俺の力強い約束に、雷獣の子供は、ただ、潤んだ瞳で俺を見つめ返していた。
その小さな体からは、まだ、パチ、パチ、と、孤独な火花が散っている。
「さて、と。約束したからには、最高の鍋を作ってやらねえとな」
俺は厨房から卓上コンロと一番大きな土鍋を運び出し、店の外壁から少し離れた雪の上に、即席の調理場を設営する。ブーツが新雪を小気味よく踏みしめ、吐く息が真っ白に空気に溶けていく。
雷獣の子供は、少し離れた場所で、不安と期待が混じった目で、その様子をじっと見ていた。
俺はまな板の上に、今日の主役たちを並べる。泥のついたゴボウ、ずっしりと重い大根、鮮やかなオレンジ色の人参。そして、旨味の塊である昆布と、薄切りにした豚バラ肉。
「いいか、坊主。お前さんが今、一番足りてねえのは、この『土の匂い』だ」
俺は、土のついたままのゴボウを一本、彼に見せつけるように掲げた。
「こいつら根菜はな、ずっと土の中で大地の電気を吸ったり吐いたりしながら栄養を溜め込む。いわば、大地の声を聞くための、最高のアンテナみてえなもんだ」
《だいち…の、こえ…?》
彼の、子供らしい純粋な疑問が、脳内に響く。
「そうだ。今日はこいつらで、お前さんの体の中に、もう一度、大地と話すための道を作ってやる」
俺はそう言いながら、土鍋に昆布出汁を張り、火にかける。雪の上に置かれた真っ白な豆腐や白菜が、鮮やかな根菜の色と対比になって美しかった。
湯気が立ち上り始めた鍋に、俺はまず、笹がきにしたゴボウと、薄切りにした大根、人参を投入する。土の香りが、湯気と共にふわりと立ち上り、冬の冷たい空気に溶けていく。
カウンターの向こうで、雷獣の子供が、鍋から立ち上る、今まで嗅いだことのない、優しく、温かい香りを、静かに見つめている。
(…焦げ臭くない…。金属の匂いもしない…。なんだろう、この匂い…。心が、なんだか、落ち着く…)
彼の内なる気づきが伝わってくる。その温かい湯気に誘われるように、彼が少しだけ身を乗り出した。
やがて、根菜に火が通ってきたところで、豚バラ肉と豆腐、白菜を加えていく。鍋の中は、もはや芸術品だった。黄金色の出汁の中で、様々な色が互いを引き立て合い、ぐつぐつと心地よい音を立てて命を吹き込まれていく。
「よし、できたぜ」
俺は、柚子の皮を細く刻んで散らし、香りを添える。雪景色の中、湯気を立てる、一杯の土鍋。それは、孤独な雷獣と、大地を繋ぐための、温かい架橋だった。
「お待ちどう。大地と繋がる、癒しのアース鍋だ」
俺は、小さな取り皿に、たっぷりの具材とスープをよそい、彼の前にそっと置いた。
「鍋ってのは、ただ腹を満たすだけじゃねえ。心と体を、あるべき場所に還してくれる、最高の儀式でもあるんだ」
雷獣の子供は、その湯気の立つ一皿を、まるで生まれて初めて食事をするかのように、真剣な眼差しで見つめている。
「さあ、食ってみな。そいつが、あんたの体と、この星を、もう一度、優しく繋いでくれるはずだ」
雷獣は、まるで祈るように、震える手で、俺が用意した小さなフォークを握りしめた。
そして、おそるおそる、その一口を、口に運ぶ。
ゴクリ、と。彼が息を呑む音が、静かな森に、やけに大きく響いた。
次の瞬間、彼の瞳が、驚きに見開かれる。
口の中に、土の香りと、根菜の優しい甘みが広がった。そして、それと同時に、いつも全身を覆っていた、あのチリチリとした不快な感覚が、ほんの少しだけ、すぅっ…と和らいだ気がしたのだ。
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