第三十話:雷獣とアース鍋の話(1/3)
雪女が、その身に再び温もりを取り戻してから数日。森は、本格的な冬の静寂に包まれていた。
俺、仏田武ことぶっさんは、店の前の雪かきを終え、薪ストーブの前で温かいお茶をすすっていた。窓の外では、ダイヤモンドダストがキラキラと舞っている。
「静かでいいもんだ。たまには、こうして…」
俺が独り言をこぼしかけた、まさにその時だった。
店の外から、子供のか細い、しかし、胸が張り裂けそうなほどの、悲痛な嗚咽が聞こえてきたのだ。
何事かと、そっとドアを開けて外を覗くと、そこには、小さな獣の子供がいた。
イタチのようでもあり、子猫のようでもある、愛らしい姿。だが、その全身の毛は、チリチリと乾いた音を立てながら、大きく逆立っている。彼が動くたび、毛先からパチ、パチ、と小さな青白い火花が散り、空気に、焦げ付くような金属の匂いが、微かに混じっていた。
伝説に聞く、雷獣の子供だ。
彼は、地面に落ちていた、一枚の凍った葉っぱに、おそるおそる、震える前足を伸ばしていた。
「…もう、大丈夫…。今度こそ、優しく…」
自分に言い聞かせるように呟き、その指先が、葉っぱに触れた、瞬間。
バチッ!!
鋭い音と共に、青白い火花が散り、葉っぱは一瞬で黒く焦げ、砕け散った。
《…あ…ああ……!》
脳内に響いてきたのは、言葉にならない、絶望の叫びだった。
《また、壊しちゃった…。どうして…どうして、僕の『タッチ』は、みんなを痛くしちゃうの…?》
(…なるほどな。冬の乾燥で、体中の静電気が暴走してやがるのか。こりゃ、相当厄介だぜ)
俺は、ゆっくりと、彼に近づいた。俺の存在に気づいた雷獣の子供は、ビクリと体を震わせ、後ずさる。
「大丈夫だ、坊主。俺は、お前の敵じゃねえ」
《…だめ、近づかないで!あなたも、ビリッてなっちゃう…!》
彼の瞳は、恐怖と、そして、誰かを傷つけることへの深い罪悪感で、潤んでいた。
「話を聞かせてみろ。何に、そんなに怯えてる?」
俺が、できるだけ優しい声で尋ねると、彼は、ぽつり、ぽつりと、その悲しい悩みを打ち明け始めた。
《友達が、僕が近づくと『わっ!』て逃げるんだ…。追いかけっこをしても、僕がタッチすると、相手がビリッてなって、泣いちゃう…。本当は、ただ、みんなみたいに、優しく『タッチ』したいだけなのに…》
その純粋な願いが、胸に突き刺さる。
彼の体から溢れる、制御できない電気が、彼の優しい心を、孤独へと追いやっているのだ。
「坊主、あんたのその悩み、よく分かった。あんたの体は、最高のバッテリーみてえなもんだ。だが、その電気を、優しく大地に返してやるための、『アース線』が、切れちまってるんだ」
《あーす…せん…?》
「ああ。空気が乾燥する冬はな、体に電気が溜まりやすくなる。そいつをうまく外に逃がしてやれねえと、何かに触れた瞬間、一気に電気が流れて、今の『バチッ!』が起きる。あんたの体は、冬の乾燥で、気づかぬうちに水分とミネラルが不足して、電気が流れにくい『絶縁体』みてえになっちまってるのさ」
俺の説明に、雷獣の子供は、きょとんとしていた。
俺はニヤリと笑うと、孤独に震える小さな背中に、力強く宣言した。
「よし、任せとけ!今日は、君の体に、大地と繋がる、最高の道を作ってやる!世界で一番、優しくて、温かい鍋でな!」
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