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気まぐれ食堂ねこまんま〜動物好きおっさんの異世界飯テロ日誌〜  作者: はぶさん


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幕間:凍てついた心と温かい涙

わたくしは、雪女。

冬の森を司り、その静寂と共に在る者。

わたくしの世界には、色がありませんでした。形はあれど、熱がない。燃え盛る炎も、降り積もる新雪も、わたくしの指先にとっては、等しく同じ「無」でした。


かつて、まだわたくしに感覚があった頃の、おぼろげな記憶があります。

わたくしの降らせた雪の上で、小さな獣たちが寄り添い、眠っていたことがありました。その時、彼らの命の温もりが、雪を通して、わたくしの芯にまで届いたのです。それは、陽だまりとは違う、小さく、か弱く、しかし、何よりも尊い温もりでした…。


ですが、いつからか、わたくしには、もう何も届かなくなった。

すぐ傍で命が寄り添っていても、そこに「形」があることしか分からない。感謝を伝えようにも、わたくしの吐息は世界を凍らせ、優しく撫でようにも、この指先は温もりを奪うだけ。

わたくしの心は、いつしか、わたくしの体と同じように、深く、固く、凍てついてしまったのです。


そんな、永い冬のような孤独の中、あの食堂の噂を耳にしました。

どんな絶望も癒やす、不思議な料理人がいると。

藁にもすがる、という言葉は、きっとこの時のわたくしのための言葉だったのでしょう。音も熱も存在しない、わたくしだけの静寂を引き連れて、あの温かそうな光の灯る扉の前に立ったのです。


出された湯呑みを、素手で包み込んでも、何も感じない。その事実が、改めてわたくしの心を絶望で覆いました。

しかし、あの男…ぶっさん様は、違いました。わたくしの体を、心を、見透かすように、その原因を言い当てたのです。

「あんたの体の中にある、温かさのドアベルが、寒さで眠っちまってるんだ」


そして始まった、灼熱の儀式。

厨房から立ち上る、暴力的なまでの香り。それは、わたくしが数百年という時の中で、初めて感じた「感覚」でした。鼻の奥が、ちりちりと焼け付くよう。理解を超えた刺激に、わたくしは無意識に身を引こうとしていました。


目の前に置かれた、深紅の鍋。

まるで、わたくしの絶望を煮詰めたかのような、燃え盛る赤。

一口、口に運んでも、やはり「無」でした。

(…ああ、やはり、だめなのか…)

そう、諦めかけた、次の瞬間。


稲妻が、走りました。

舌の上で、無数の灼熱の針が、一斉に神経を突き刺すような、生まれて初めての感覚。それは理解を超えた暴力的なまでの刺激となって、わたくしの思考を真っ白に染め上げる。

痛いのか、熱いのか、わからない。ただ、怖い。

そう、パニックに陥るわたくしに、彼の声が届きました。

「怖がるな、嬢ちゃん。その衝撃の向こう側に、あんたが探し求めてるものが、必ずある!」


その言葉を信じて、食べ進めるうちに、奇跡が起きました。

暴力的な刺激が、まるで春先の雪解け水のように、穏やかな流れに変わっていく。そして、その凍てついた痛みの氷河の下から、まるで、永い眠りから覚めた泉のように、じんわりと、懐かしい何かが湧き上がってくる。

ああ…これが…陽だまりの記憶…。これが、『温もり』…。


食事が終わる頃、わたくしの体から、あの呪いのような冷気は消え失せていました。

そして、差し出された、一杯のお茶。


震える指先を、湯呑みに触れさせた、その瞬間。

わたくしの内なる氷の世界に、初めて、朝日が昇りました。

じんわりと、指の先から、腕へ、そして心の芯へと伝わってくる、穏やかで、確かな熱。

それは、わたくしがずっと探し求めていた、「温もり」そのものでした。


気づけば、わたくしの瞳から、一筋、涙がこぼれ落ちていました。

その雫に、おそるおそる指で触れる。そして、再び驚きに目を見開きました。

自分の涙が…温かい。自分の感情が、温かい。

その事実に、わたくしの心の氷が、音を立てて、完全に溶け落ちたのです。


「…あたたかい…」


誰に言うでもなく、こぼれ落ちた、歓喜の言葉。

その日、わたくしは、再び世界と繋がることができました。

ぶっさん様、本当に、ありがとうございます。

この温もりを、今度は、誰かを温めるために。そのために、わたくしは、生きていきます。


ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!皆さんの感想や、フォロー・お気に入り登録が、何よりの励みになります。これからも、この物語を一緒に楽しんでいただけたら幸いです。

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