第二十八話:ケンタウロスと筋肉の記憶 (2/3)
「今日からお前は俺の弟子だ!こいつに、もう一度最高の仕事をさせてやるためにな。弓のことは一旦忘れろ!料理を通して、お前の体に本当の動き方を思い出させてやる!」
俺の言葉に、ケンタウロスは、ただ呆然と立ち尽くしていた。だが、その瞳の奥に、ほんの少しだけ、揺らぎが生まれたのを、俺は見逃さなかった。
「さあ、とっとと店に入れ!体が冷えちまう!」
俺は、半ば強引に彼を店の中に招き入れた。ケンタウロスは、その大きな馬体を窮屈そうにしながら、厨房の入り口に立つ。人間のサイズに合わせて作られた調理場は、彼にとっては、あまりにも狭く、そして低かった。
「ちっ…これじゃあ、仕事にならねえな」
彼が気まずそうにしているのを見て、俺は店の裏から、頑丈な空樽を二つと、分厚い木の板を一枚、引っ張り出してきた。そして、それを手際よく組み合わせて、彼専用の、ケンタウロスサイズの調理台を即席で作り上げた。
「お前の身体に、世界を合わせるんじゃねえ。世界の方を、お前の身体に合わせるんだ。道具ってのは、そのためにある。さあ、これで文句はねえだろ」
俺の言葉と、目の前に現れた自分専用の調理台に、ケンタウロスは、驚いたように目を見開いていた。
《……すまない。恩に着る》
「礼は、腕で返しな。さて、最初の修行だ」
俺は、大きなカゴに山と積まれた、瑞々しいキャベツを、彼の前にドン、と置いた。
「まずは、こいつを、ひたすら千切りにしろ」
《…千切り?》
「ああ。できるだけ細く、できるだけ均一にだ。いいか、何も考えるな。まな板を的に、包丁を矢に見立てるんだ。**狙うのは、ただ一点。振り下ろすリズムと力加減を、寸分の狂いもなく、体に刻み込む。**ただ、それだけを繰り返せ」
俺は、手本として、数枚のキャベツを、トントントン、と小気味良いリズムで刻んでみせる。糸のように細く、均一な千切りキャベツが、あっという間にまな板の上に山を築いた。
ケンタウロスは、おそるおそる、包丁を手に取った。弓を引くためには鍛え上げられた、その力強い腕。だが、繊細な動きが求められる包丁は、彼の手の中で、まるで馴染まない異物のように、ぎこちなく震えている。
ザクッ、ザクッ…!
彼が刻むキャベツは、太かったり、細かったり、バラバラだった。弓を射る時と同じだ。「うまくやらなければ」と意識しすぎるあまり、腕に余計な力が入り、動きが硬くなっている。
《くそっ…!なぜだ、こんなことさえ、今の私には…!》
(刃が、葉脈に引っかかる感覚が気持ち悪い。弓弦が指から離れる、あの滑らかな感覚とは、あまりにも違う…!)
彼が、悔しそうに歯を食いしばった、その時だった。
「おい、弟子。力を抜け。お前はキャベツを斬ろうとしすぎてる。違うんだ。**刃の重さに身を任せて、キャベツの声を聞いてやるんだよ。**そうすりゃあ、刃は勝手に、一番気持ちいい場所に滑り込んでいく」
俺は、彼の背後から、静かに、しかし芯の通った声で、アドバイスを送った。
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