幕間:森の記憶と希望のスープ
かつての僕の誇りは、砕け散ってしまいました。
この白銀の毛並みも、額で輝く宝石も、僕たちカーバンクルにとっては、仲間との絆を繋ぐ何よりも大切な宝物でしたのに。
わたくしたち森の精霊にとって、長老様は、森そのものでした。
彼の年輪には、最初の鳥が歌った歌が、最初の花が咲いた色が、そして、わたくしたちが生まれる遥か昔の、月の光の記憶さえも、全て刻まれているのですから。
その、森の記憶が、消えかけていました。
長老様の葉が、一枚、また一枚と、命の色を失い、灰色に変わっていく。そのたびに、この森から、大切な物語が、音もなく消えていくのです。
「一番星の名前を忘れてしまった」
「月が歌ってくれた子守唄が、もう聞こえない」
そう、途切れ途切れのテレパシーで呟く長老様を見るたびに、胸が張り裂けそうでした。わたくし自身の葉が、あの時、黄色く枯れかけていった時の恐怖が蘇ります。わたくし一人が枯れることは、世界の終わりでした。でも、これは、それ以上…森そのものが、本当に終わってしまう絶望なのです。
どうすればいいの…?
その時、わたくしの脳裏に、あの人の姿が浮かびました。わたくしに、再び緑の輝きをくれた、あの温かい料理人の姿が。
わたくしは、走りました。
転んでも、枝に体を打っても、構いませんでした。お願い、間に合って。
お店のドアを叩いた時、ぶっさん様は、いつものように、穏やかな顔でわたくしを迎え入れてくれました。
わたくしの拙い話を聞いた彼の瞳に、強い光が宿ったのを、わたくしは見逃しませんでした。それは、ただの同情ではありませんでした。彼自身の、何か大切な記憶と、長老様の苦しみが重なったかのような、深く、そして揺るぎない決意の光でした。
彼が「長老の脳みそに、最高のガソリンを届けてやる!」と宣言した時、不思議と、もう大丈夫だ、と、そう思えたのです。
お店に戻ると、奇跡は、そこから始まりました。
わたくしの呼びかけに、森の仲間たちが、次々と集まってきてくれたのです。リスたちは、一番栄養のあるクルミを。小鳥たちは、一番甘いベリーを。みんな、長老様を救いたい、その一心でした。
ぶっさん様が作るスープは、ただの料理ではありませんでした。
それは、森の全ての命の「願い」を、一つの鍋で煮詰めていく、神聖な儀式のようでした。
完成した希望のスープを、みんなで運びました。
そして、わたくしの手で、長老様の根元へ、そっと注ぎ込みます。
お願い、どうか届いてください。この、森のすべての命の想いが、一滴残らず、届いてください…!
森が、息を止めた、その時でした。
灰色の葉の先に、ぽつりと灯った、一つの、小さな緑色。
それは、冬の森に芽吹いた、最初の若葉。森の記憶が、未来へと繋がった、希望の光でした。
ぶっさん様、ありがとうございます。
あなたの作ってくれた、あの温かいスープは、長老様の記憶を救ってくれただけではありません。この森に生きる全ての命が、種族を越えて、一つになれるのだということを、教えてくれました。
長老様が教えてくれた「命の泉」。
いつか必ず、あの泉の輝きを、あなた様へのご恩返しという形で届けに参ります。その日を、どうか待っていてください。
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