第二十七話:トレントと脳科学の話 (2/3)
「よし、任せとけ。今日は、長老の脳みそに、最高のガソリンを届けてやる!森の記憶を、絶対に消させやしねえ!」
俺は、ドライアドの少女と共に、急いで店へと戻った。厨房に立つと、まず、店の奥の貯蔵庫から、塩漬けにして保存しておいた、脂の乗った大きなサーモンの塊を取り出す。
「嬢ちゃん、よく見とけよ。こいつが、長老の失われた記憶を呼び覚ます、最初の鍵だ」
俺は、サーモンの皮を引き、骨を取り除きながら、ドライアドの少女に語りかける。
「この魚の脂に含まれる『DHA』や『EPA』って成分はな、脳の神経細胞を元気にする、最高の栄養素なんだ。いわば、記憶を繋ぎ止めるための、見えない鎖みてえなもんだな」
俺がそう説明していると、ドライアドの少女が、はっとしたように息をのみ、「…ぶっさん様、外を…!」と、店の外を指さした。
見ると、店の外の雪景色が、まるで動く宝石箱のように賑やかになっていた。
一匹のリスを先頭に、何十匹もの仲間たちが、頬袋をパンパンに膨らせてクルミを運んでくる。大空からは、赤、青、紫と、色とりどりのベリーを咥えた小鳥たちが、編隊を組んで舞い降りてくる。まるで、ぶっさんの料理のために、森のすべてが宝物を捧げに来たかのようだった。
《ぶっさん様、これを!》
《長老のために!》
「おう、みんな、ありがとうよ!最高の援軍だ!」
俺は、森の仲間たちが届けてくれたクルミとベリーを受け取る。
「このクルミも、脳の働きを良くする最高の食材だ。そして、このベリーに含まれる『ポリフェノール』って成分が、記憶力をサポートしてくれる。よし、これで役者は揃った!」
俺は大きな鍋にバターを溶かし、玉ねぎを炒めていく。じゅう、という心地よい音と共に、キャラメル色の甘い香りが厨房を満たす。そこへ、美しいピンク色のサーモンを加えて火を通すと、身がほろりと崩れ、魚介の豊かな香りが立ち上った。
牛乳と生クリームで濃厚なベースを作り、すり鉢で丁寧に砕いたクルミを加えると、香ばしいコクがスープに溶け込んでいく。最後に、軽く煮詰めてソース状にしたベリーを加えれば、乳白色のスープに、鮮やかな赤紫のマーブル模様が描かれた。
店の中は、いつの間にか静寂に包まれていた。調理の音だけが響く中、森の動物たちは、ただじっと、その魔法のような光景を見つめている。ドライアドの少女の瞳には、涙の代わりに、揺るぎない希望の光が宿っていた。
店の中は、もはや祈りの場だった。魚介の濃厚な香り、ナッツの香ばしい香り、そしてベリーの甘酸っぱい香りが混じり合い、森の全ての生き物たちの、長老を想う願いが、その鍋の中に凝縮されていくようだった。
「お待ちどう。賢者のための、サーモンと森のベリーのクリームチャウダーだ」
俺は、湯気の立つ、乳白色のスープを、大きな樽に静かに注いだ。
それは、ただのスープではない。森の記憶を、未来へと繋ぐための、希望のスープだった。
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