第二十六話:マグマ獣と体温調節の話 (3/3)
マグマ獣は、その湯気の立つ一皿を、まるで生まれて初めて食事をするかのように、真剣な眼差しで見つめていた。
彼は、そのゴツゴツとした、しかしどこか不器用な手つきでフォークを手に取ると、煮えたばかりの白菜を、おそるおそる口に運んだ。
その瞬間、彼の瞳が、驚きに見開かれた。
《……しょっぱい…?いや、酸っぱいのか…?それに、温かいのに、体が、燃えない…。なんだ、これは…》
昆布の旨味が溶け込んだ優しい出汁と、柑橘の爽やかな酸味が効いたポン酢。それが、彼の荒れ狂う炎のような体の中で、まるで清らかな泉の水のように、じんわりと染み渡っていく。
一口、また一口と水炊きを食べ進めるうちに、彼の体に、劇的な変化が起こり始めた。
失われていた水分と電解質が、体の隅々まで行き渡り、暴走していた彼の「温度計」を、ゆっくりと、正常な状態へと修理していく。体の内側から、荒れ狂っていた炎が、穏やかで、心地よい、制御された温もりに変わっていくのが分かった。
彼の体から立ち上っていた、猛烈な湯気は、いつの間にか、穏やかな湯気に変わっている。
「どうだい、旦那。体の中の嵐が、少しは静かになってきただろ?」
俺が言うと、マグマ獣はこくりと、力なく、しかし深く頷いた。その瞳には、今まで見たこともない、安堵の色が浮かんでいる。
やがて、鍋の中の食材が綺麗に空になる頃には、彼はすっかり落ち着きを取り戻していた。
そして、彼は、自分の手を見つめた。今まで、世界から彼を隔絶していた、呪いの熱源。
「よし、仕上げだ」
俺は、足元の雪の中から、凍てついた一枚の落ち葉を拾い上げた。そして、「ほら、やってみな」と、彼にそっと手渡す。
彼は、ビクッと体を震わせた。また、壊してしまう。また、灰に変えてしまう。その恐怖が、彼の指先をためらわせる。
だが、俺は、ただ静かに、彼を信じて見守った。
彼は、意を決したように、ゆっくりと、その指先を、凍った葉に近づけた。
そして、触れた。
葉は、燃えなかった。
代わりに、彼の指先の穏やかな熱で、葉を覆っていた霜が、ゆっくりと、優しく溶けていく。そして、その下から、美しい緑色の葉脈が、瑞々しい姿を現した。
《あ……》
彼の瞳から、大粒の、マグマのような熱い涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちた。
《…これが、葉っぱの筋の感触…。これが、雪の冷たさ…。俺は、今まで、何も知らなかったんだ…》
初めて、世界に触れられた。
初めて、自分の力が、何かを「生かした」。
その喜びが、彼の心を、魂を、震わせていた。
「言ったろ? あんたの熱は、呪いなんかじゃねえ。ただ、付き合い方を、知らなかっただけさ」
俺は、お土産に、岩塩と乾燥昆-布を、布袋に入れて渡した。
「お守りだ。時々、こいつらでスープを作って飲むといい。そうすりゃあ、あんたの温度計も、そう簡単には暴走しなくなるはずだ」
彼は、その袋を、まるで世界で一番の宝物のように、大切そうに両手で受け取った。
《ありがとう……! ありがとう、旦那……!》
彼は、何度も、何度も、頭を下げた。
その日、一人のマグマ獣は、初めて、自分の力を呪うのではなく、自分の力と共存していくための、確かな希望を手に入れたのだった。
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