第二十六話:マグマ獣と体温調節の話 (2/3)
「今日は、君の荒ぶる炎に、最高の冷却水を注いでやる!この、雪の上でな!」
俺は厨房から、卓上コンロと、一番大きな土鍋を雪の上に運び出した。ブーツが新雪を小気味よく踏みしめる。吐く息が真っ白になり、澄み切った冬の空気に溶けていく。そして、店の外壁から少し離れた、安全な場所に、即席の調理場を設営する。
「さあ、旦那。特等席だ。こっちに座りな」
俺が雪を固めて作った椅子を指さすと、マグマ獣の若者は、戸惑いながらも、おずおずとそこに腰を下ろした。彼が座った周りの雪が、じゅわ、と音を立てて溶けていく。
「さてと、始めるとすっか」
俺は、土鍋にたっぷりの水を張り、まず、乾燥させた昆布を数枚、静かに入れた。
「こいつが、今日の主役の一人だ。この昆布から出る出汁にはな、あんたの体から失われちまった『電解質』…つまり、ミネラルが豊富に含まれてる。こいつが、あんたの壊れちまった温度計を修理するための、最初の部品になる」
俺はそう説明しながら、火にかけた鍋が温まるのを待つ。店の中から運び出した食材――真っ白な豆腐、みずみずしい白菜、薄切りにした大根――が、まるでビロードのように真っ白な雪の上で、鮮やかな色彩を放っていた。
マグマ獣が、鍋から立ち上る、磯の香りが混じった湯気を、静かに見つめている。(…温かいのに、何も燃えない…。俺の体から溢れる、すべてを焼き尽くす熱とは違う…。なんて、優しい熱なんだ…)
《……いい匂いだ。なんだか、心が落ち着く…。なあ、旦那。鍋ってのは、本当は、みんなで囲んで食うもんなんだろ…?》
彼の心の声が、ぽつりと、寂しそうに響いた。
「ああ、鍋ってのはそういうもんだ。一つの鍋を、みんなでつつき合って、体も心も温め合う。最高のコミュニケーションだよ」
俺は、彼の孤独な心に語りかけるように、優しく答えた。
「まあ、焦るな。この鍋が、お前さんを『みんな』の輪の中に、きっと帰してやるさ」
出汁が温まり、昆布の旨味が十分に出たところで、俺は、次の主役たちを鍋に投入していく。
「こいつらは、水分をたっぷり含んでるだけじゃねえ。東洋の知恵じゃ、体の余分な熱を、優しく冷ましてくれる効果があるんだ。荒れ狂うあんたの炎を、内側から、穏やかな焚き火に変えてくれる」
鍋の中は、もはや芸術品だった。昆布の旨味が溶け込んだ黄金色の出汁。その中で、豆腐の白、白菜の緑が互いを引き立て合い、ぐつぐつと心地よい音を立てて命を吹き込まれていく。
「お待ちどう。魂を潤す、癒やしの水炊きだ」
俺は、取り皿に、煮えたばかりの豆腐と白菜を取り分け、特製のポン酢をかけて、彼の前にそっと置いた。
「さあ、食ってみな。君の体に、優しい潤いを届けてやる」
マグマ獣は、その湯気の立つ一皿を、まるで生まれて初めて食事をするかのように、真剣な眼差しで見つめていた。
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