第二十六話:マグマ獣と体温調節の話(1/3)
あの水晶の嬢ちゃんが希望を胸に森へ帰ってから数日。世界は深い雪に覆われた。
俺、仏田武ことぶっさんは、石窯で煮込んだシチューを味見しつつ、静かな雪景色を眺めていた。
「静かでいいもんだ。たまには、こうして一人で過ごすのも悪くねえ」
そんな独り言をこぼした、まさにその時だった。
カランコロン、と。助けを求めるような、弱々しくも切羽詰まったカウベルの音が響いた。
店の前の、真っ白な雪原に、ぽつんと、一つの影が現れた。
その体は、まるで溶岩が固まってできたかのように、ゴツゴツとした黒い岩肌で覆われている。そして、その体からは、陽炎のように、絶えず高温の湯気が立ち上っていた。マグマ獣、と呼ばれる種族の若者だろう。
彼は、店に入ろうとはせず、どこか羨むような、それでいて諦めたような目で、じっとこちらを見つめている。
ふと、彼の足元に、一枚の、青く美しい鳥の羽根が落ちているのが見えた。彼は、その羽根に気づくと、まるで宝物に触れるかのように、おずおずと、そのゴツゴツとした手を伸ばした。
触れたい。その美しさに、ただ、そっと触れてみたい。
そんな、切実な願いが、彼の背中から伝わってくるようだった。
だが、彼の指先が、羽根に触れる、ほんの数ミリ手前で、
シュッ…
と、乾いた音を立てて、美しい羽根は一瞬で燃え尽き、黒い灰となって、雪の上に儚く散った。
若者は、その灰を、ただ呆然と見つめている。その肩は、絶望に、小さく震えていた。
また、壊してしまった。美しいものも、温かいものも、この体はすべてを拒絶し、灰に変える。掌に残るのは、いつも虚しい熱だけだ。雪の冷たさだけが、呪われた自分の輪郭を教えてくれる。
(…ただ熱いだけじゃねえ。陽炎の揺らめき方が不規則すぎる。まるで、エンジンの回転数が安定しねえポンコツみてえだ。あいつ自身、その熱を全くコントロールできてねえんだ)
俺は、コートを羽織ると、店の外へと出た。
俺の姿に気づいたマグマ獣は、ビクッと体を震わせ、後ずさりしようとする。
「おい、待ちな。別に、取って食おうってわけじゃねえよ。ただ、あんたのその熱、どうにかなるかもしれねえと思ってな」
俺は、彼から安全な距離を保ちながら、優しく声をかける。
《……どうにも、ならない。俺のこの熱は、呪いなんだ。触れた草木は燃え上がり、俺が歩いた後の雪は、春まで溶けたままになっちまう。仲間とじゃれ合おうとしても、相手を火傷させてしまうのが怖くて、いつも独りでいるしかない。この、制御できない炎を、どうにかして、穏やかな温もりに変えたいんだ…》
なるほど。強大すぎるがゆえの、孤独か。
俺は、彼の体を、じっくりと観察する。これは、ただの体質じゃない。体の、もっと根源的な機能が、暴走している状態だ。
「旦那、あんたのその悩み、呪いなんかじゃねえ。あんたの体の中にある、『温度計』が、ぶっ壊れちまってるだけなんだよ」
《温度計…?》
「ああ。生き物の体にはな、車で言うサーモスタットみてえな、体温を一定に保つ機能があるんだ。だが、そいつを正常に動かす潤滑油が、『電解質』…まあ、塩みてえなミネラルなのさ。あんたの体は、その強大な熱を維持するために、そのミネラルを燃やし尽くしちまって、温度計が暴走しちまってるのさ」
俺の説明に、マグマ獣の若者は、呆然としていた。
「よし、任せとけ」
俺はニヤリと笑うと、孤独な炎に苦む若者に、力強く宣言した。
「今日は、君の荒ぶる炎に、最高の冷却水を注いでやる!この、雪の上でな!」
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