第一話:おっさんとコカトリスと瞬膜の話 (1/3)
「はぁ……今日こそは、今日こそは人間のお客さんが来てくれるといいんだが」
俺、仏田武――通称ぶっさんは、カウンターを布巾で拭きながら、店の外に広がる鬱蒼とした森を眺めてため息をついた。
俺の人生は、フードコーディネーターとしてそれなりに成功し、趣味の動物観察に明け暮れる、充実したおっさんライフだった。……そう、トラックに轢かれそうな子猫を助けて、代わりに自分が轢かれてしまう、その日までは。
次に目覚めた時、俺はなぜか若返った体で、この異世界の森の中に立っていた。目の前には、古びているが趣のある小さな食堂。ご丁寧に「ご自由にお使いください」という看板付き。他に当てもない俺は、ここで「気まぐれ食堂 ねこまんま」を開店して、早一ヶ月が経つ。
得意の料理で、この世界の人々を笑顔にしたい。そんなささやかな夢を抱いていたのだが――。
カランコロン。
店のドアが開く軽やかな音。しかし、そこに立っていたのは、俺が待ち望んでいた「人間」ではなかった。
「……」
入ってきたのは、体高1メートルほどの、立派な鶏。いや、鶏にしては猛禽類のような鋭い眼光と、爬虫類を思わせる硬質的な鱗が脚に見える。極めつけは、蛇の尻尾。
間違いない。ファンタジー図鑑で見たことがある。神話上の魔物、コカトリスだ。
(だあああああ!また人外!しかも今回は魔物ォォォ!)
内心で絶叫する俺。先客は角の折れた鬼(自称:駆け出しの冒険者)、次は翼の傷ついたハーピィ(自称:吟遊詩人)。そして今日はコカトリス。どうなってんだこの店は!人間を寄せ付けない結界でも張ってあるのか!?
だが、動物好き(魔物も含む)としての血が、恐怖よりも好奇心を勝らせてしまう。
「おぉ……見事なトサカだな。羽の艶も素晴らしい。健康状態は良好と見た」
思わず口から出たのは、品評会のおっさんのようなセリフだった。
コカトリスは、俺の言葉にビクッと肩(翼?)を震わせ、おずおずとカウンターに近づいてくる。その大きな黄色の瞳は、なぜか潤んでいるように見えた。
その時、俺の脳内に、直接声が響いてきた。
《……あ、あの……だ、旦那……。お、お客、だ……コッコ》
(うおっ、脳内に直接!? そういや鬼の兄ちゃんもハーピィの嬢ちゃんも、片言だったがちゃんと口で喋ってたもんな。こいつが初めてのテレパシータイプか! これが転生ボーナスってやつか!)
見た目に反したか細い声に驚きつつも、俺は努めて優しい声を出す。
「へい、いらっしゃい。見ての通り、うちは何でも屋みたいな食堂でね。腹が減ってるなら何か作るが、悩み事があるなら、それも聞くぜ」
俺はごくりと唾を飲み込み、目の前の魔物の言葉を待った。(悩み事って……まさか「最近、石にしちまった旅人が多すぎて困る」とかじゃないだろうな!?)
するとコカトリスは、俯いていた顔を上げ、決心したように俺の心に訴えかけてきた。
《友達が……友達が欲しいんだ、コッコ……》
予想の斜め上を行く、あまりにも切実で、純粋な悩みに、俺は思わずポカンと口を開けてしまった。
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