9.魔王降臨
その日、帝国宮廷に激震が走った。
ロゼ公爵令嬢フルール、シュヴァルツ公爵令息ティア、アーウィン王国王女カレンの3名が、同時に行方不明になったのだ。
宮廷中の者達が死に物狂いで捜索する中、ロゼ公爵は娘を心配する余り、体調を崩して自宅に帰った。
公爵は馬車の中でもずっと俯いていたが、その口元は喜悦に歪んでいた。
ロゼ公爵別邸の地下。
広大な地下空間に、ロゼ公爵と怪しげな人物が数人いた。
彼らの前には寝台が並べられており、その上で行方不明になった筈の3名が眠っていた。
ロゼ公爵は興奮気味に、怪しげな人物に話し掛けた。
「言われました通りの3名を連れて参りました。
これで、私の願いを叶えて頂けるのですよね!?
神官様‼」
「ロゼ公爵の願いか。
確か、『亡くなった奥方の魂を蘇らせ、そこの女に受肉させて欲しい』との事であったな。
…却下だ」
年嵩の神官の言葉に、公爵は愕然とした表情で返した。
「な、何故ですか?!」
「反魂と受肉には、膨大な魔力が必要なのだ」
淡々と話す神官に、公爵は食ってかかった。
「だから、我が領地の村民の命を村一つ分、生贄として差し出したではないですか!?」
「その時言った筈だが。
平民が持つ魔力など、微々たるもの。
やはり、高位の王侯貴族でなくては、と」
しれっと言う神官に、公爵は言葉を詰まらせた。
「だから、娘を差し出すと…」
神官は公爵の言葉に被せるように言った。
「そもそも、ロゼ公爵の奥方は公爵を嫌って自害されたのではないか。
奥方を蘇らせたとて、また自害されては娘御は無駄死にというもの」
「そ、そんな…」
公爵の顔に絶望が浮かんだ。
「だから思ったのだ。
奥方と会いたいのであれば、ロゼ公爵が奥方の元に行けば良いと。
ああ、心配するな。
娘御も一緒に送ってやる。
地獄で家族仲良くな」
言うと同時に、神官は公爵、フルール、カレンの下に、魔法陣を展開させた。
ロゼ公爵は絶望の表情のまま、フルールとカレンは眠ったまま、魔法陣の中に吸い込まれて行った。
「…ふふっ。
ははは‼
ああ、魔力が漲ってくる‼
邪神様‼
苦節30年、ようやく受肉され、名実ともに魔王様となられる時が来ましたぞ!!」
叫ぶと、神官はティアの体に邪神を受肉させる魔法陣を展開させた。
凄まじい魔力がティアの中に流れ込み、黒い霧のようなものがティアの鼻から吸い込まれた。
どれだけ時間が経ったのか。
一度に魔力を使った為、放心状態にあった神官が意識を取り戻した。
「…ま、魔王様…。
どうされました…」
神官は、ピクリともしない魔王の顔を覗き込んだ。
すると、魔王の顔はティアではなく、皇帝ドラクル・ド・クールの顔になっていた。
「…は?何故…」
「何故って、皇帝の体に邪神が入っちゃったからじゃん。
自分でやっておいて、『何故?』はないでしょ」
ティアが毒を吐いた。
「…貴様、シュヴァルツ公子…?
…どういう事だ。
何故、貴様が魔王様になっていない…?」
神官は息も絶え絶えに言った。
「姿変えの魔法です。
まさか、こんなに簡単に引っ掛かるとは思いませんでしたが」
ラヴィが言うと、神官は驚愕の表情を浮かべた。
「…先程のアーウィン王女も、姿変えか…?
何の為に、このような…」
「それは、魔王に実体を持たせる為だよ。
実体が無いものを倒すのは大変だもん」
シオンがそう言うと、神官は笑い出した。
「…愚かな…。
受肉されてこそ、魔王様は真の力を発揮出来るというのに。
…魔王様‼
この馬鹿共を一掃して下さい!!」
「は?
ち、ちょっと待って!」
私が焦って言うと、神官は皇帝の姿の魔王を揺り起こそうとした。
「魔王様!
私には残りの魔力がありません!
魔王様のお力をお貸し下さい!」
神官は魔王の魔力を使って、魔法陣を展開した。
「「「…あ」」」
神官以外の全員が呟くと突然、魔法陣が消えた。
「ま、魔王様…?」
神官が呼びかけても、魔王は何の反応も示さなかった。
「ああもう‼
人の話を聞きなさいよ!
…駄目、死んでるわ」
私は魔王の脈を見たが、全く動いていなかった。
「「「いーけないんだ、いーけないんだ。
まーおうこーろした」」」
シオン、ティア、リオンの悪ガキ3人の歌声が響いた。
「…は?こ、殺した?
私が?
…魔王様を?」
神官は呆然自失、といった感じだ。
「…皇帝の魔力は予め、ギリギリまで抜いて魔石に移しておいたのだ。
皇帝の魔力を使って、暴れられては敵わないからな。
魔力がゼロになれば、人は死ぬ。
…人に受肉した魔王も死んだ、という事だ」
皇太子が言うと、神官は力なく崩れ落ちた。
「あのー、『邪神は闇の魔法を生まれつき持つ者にしか、受肉出来ない』と何処で知りました?
ああ、もしかして何度も失敗したんですか?」
神官は、嬉しそうに言うエヴァを睨みつけた。
「…エヴァレット・グリーン…。
貴様の様なぽっと出の平民に、私の30年の苦労が分かるか…?」
「ええー、分かりませんよお。
私、30年も生きてませんし。
…でも、苦労ならそれなりにしましたよ。
お陰で息子が来てくれたので、万々歳ですけどね!」
エヴァが笑顔でラヴィを見ると、ラヴィは顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。
…照れてるなあ。
可愛い。