8.駆け落ちのお誘い?
「ティグレ、フルールに何かやった?
めっちゃ嫌われてるじゃん」
皇太子の居室に入ってすぐ私が言うと、皇太子は溜息を吐いた。
「いや。
3年前の初顔会わせの時から、ああだった」
「何か誤解してそうだよね。
『皇太子が勝手に私に一目惚れして、無理矢理婚約者にされた!』とか。
ウケる」
私がケラケラ笑うと、皇太子はキレた。
「ウケるな!
お前と同じ顔の女に、一目惚れなんかする訳ないだろう!」
失礼な。
我、傾国の美女ぞ?
『蒼穹の鳥』でフルールは、邪神の最後の生贄だった。
しかも、生贄に差し出したのは、フルールの実父、ロゼ公爵。
ロゼ公爵は亡くなった妻の魂を甦らせる為、娘を生贄にして、カレンの体に妻の魂を入れようとしたのだ。
ロゼ公爵の企みは失敗し、フルールの犠牲により、邪神を受肉させられた魔王が爆誕してしまう。
因みにカレンは魔力が少ないので、サクッと始末される。
「大体、ティグレがフルールと婚約する必要、なかったよね?
魔王も勇者も獅子心王も、大魔法使い2人もこっちの味方だし」
『蒼穹の鳥』の魔王の正体はティアだ。
リオンへの嫉妬や複雑な感情を利用され、邪神の宿主にされてしまうのだ。
勇者はシオン。
獅子心王はリオン。
正確には獅子心王はクール・ド・リオンだけど、まあ、元ネタはそれだろう。
ティアとシオンとリオンの3人は、アホ程魔力が多い。
だから、邪神に狙われたんだけど。
ラヴィとエヴァは大魔法使い。
5人がこちらの味方である以上、邪神に勝ち目は無いだろう。
「それでも、万が一という事もある。
フルールを側に置いておけば、生贄にされる前に対処出来るかと思ったのだが」
「側に置く所か、避けられてるもんね。
もう、直接ロゼ公爵を叩くしか無くない?」
私が皇太子の言葉を受けて返すと、皇太子はまた溜息を吐いた。
「…フルール、皇太子殿下とは上手くいっているのか?」
夕食の席で、フルールは父であるロゼ公爵に話し掛けられた。
「は、はい…」
「亡き妻、フレアと同じ顔なだけが取り柄なのだから、せいぜい媚を売っておくのだな」
そう言うと、ロゼ公爵は席を立ってしまった。
フルールは唇を噛んだ。
『いつも、亡くなったお母様の事ばかり。
私の事なんて、顔しか見ていないのだわ。
皇太子もお父様と一緒。
ああ、どうして同じ顔なのに、カレンは皆から愛されているのかしら?』
翌日、宮殿に入ったフルールは、遠くにラヴィアンの後ろ姿を認め、駆けて行った。
「あ、あの、ラヴィアン様‼」
いつも、フルールが近付く度に張られる結界がない事に勇気付けられ、フルールは思い切って、後ろからラヴィアンに抱き着いた。
「ラヴィアン様‼
このまま、私を攫って下さい‼
皇太子もお父様も、もう嫌なの‼
誰も私達を知らない場所に、逃げましょう?」
「ええー、困りましたね。
私、子持ちなんですが、コブ付きでもいいですか?
でも、息子が貴方の事を嫌っているので、駆け落ちは出来ませんねえ」
振り返ったエヴァレットに、フルールは声にならない悲鳴をあげて逃げて行った。
「ラヴィ、パパは結構モテますよ。
今日、ロゼ公爵令嬢に駆け落ちのお誘いをされてしまいました」
父の薬湯を用意していたラヴィは、ズルッとコケかけた。
「は…?駆け落ち?
父さんが?」
「あ、勿論断りましたよ。
『私には息子がいますから(キリッ)』って」
キリッと顔を作った父を無視して、ラヴィは考え込んだ。
「どういう事だ?
ロゼ公爵令嬢の狙いは、僕じゃなかったのか?」
「ねえ、ラヴィ。
この薬湯、もう少し苦くなくなりませんかね?
君の嫁、私に厳しくないですか?」
ぼへーっと、カレンが作った薬湯に文句をつける父を引き摺って、ラヴィは魔法で皇太子に面会を要請した。
名前の意味:
フレア・ロゼ=薔薇色の炎