6.ティグレ・ド・クール
「遠い所を、良くぞ参った!
顔を見せておくれ。
おお、カリナに良く似ておる!」
嬉しそうに笑う、クール帝国皇帝、ドラクル・ド・クール。
因みにカリナとは、皇帝の異母妹であった、私の生母の名前だ。
ドラクルは病的な女好きで、異母妹である私の生母にすら、手を出そうとした。
生母はドラクルから逃げる為、わざわざ遠いアーウィン王国に嫁いだのだ。
生母は故郷であるクール帝国との交流を一切せず、私を産んですぐ亡くなった。
その為、私は今初めてドラクルと対面したのだが。
何と言えばいいのか。
解釈違い?
『蒼穹の鳥』のドラクルは、滅亡したアーウィン王国から逃げて来た姪のカレンに、手を出そうとして、ラヴィに返り討ちにされたのだが。
今目の前にいるドラクルは、下心が全くない、気の良い伯父さん。
つまり、偽物という事だ。
「お初にお目にかかる。
従妹殿。
ティグレ・ド・クールだ。
この後、少し時間を頂けるか?」
皇太子、ティグレ。
目が笑ってないよ。
これ、詰んだ?
「楽にしていい。
この部屋には防音の結界が張ってある。
ここでの会話が外に漏れる事はない。
で?
何故気付いた?」
皇太子の居室に招かれ、最初の言葉がコレ。
怖いわ‼
「不敬に問わない、とお約束下さるなら、お話し致します」
震えながら私がそう言うと、皇太子は頷いた。
「約束しよう。
面倒だから、敬語も止めてくれ。
時間の無駄だ」
「分かった。
なら話すよ」
ビビっていても、何も始まらない。
私は腹を括って、『蒼穹の鳥』の事を話し出した。
「信じろ、と言われても信じ難い話だが。
信じざるを得ないな…」
皇太子の思案顔を伺いながら、私も頷いた。
「私だって自分の事じゃなきゃ、信じられないよ。
ティグレは何で、皇帝の影武者を立てたの?
てか、皇帝は何処?」
私はバタークッキーを頬張りながら、香り高い紅茶を啜りつつ、尋ねた。
「30分前の姿が嘘みたいだな。
…父は私の婚約者に手を出そうとしたので、眠りの魔法をかけて、お休み頂いている。
もう1年になるな」
皇太子は溜息をつきながら、答えた。
「あ、婚約者いるんだ。
じゃ、カレンと婚約出来ないねえ」
私がのほほんと言うと、皇太子は眉間に皺を寄せた。
「元婚約者はショックが大きかったので、忘却の魔法をかけて、他国に留学させた。
元婚約者はその国の王子と婚約したので、今私に婚約者はいない」
「カレンには私という婚約者がいるので、諦めて下さい」
間髪入れずに、ラヴィが言った。
「落ち着きなって。
『蒼穹の鳥』のティグレがカレンと婚約したのは、カレンが魅了を使ったからでしょ。
じゃなきゃ、クール帝国の皇太子が亡国の元王女と婚約するはずないよ」
私はラヴィをどうどう、と抑えた。
「しかも、私の弟の方が美形だからと、私を殺して乗り換えたんだろう?
いい迷惑だ」
皇太子は嫌そうな顔をした。
「まあまあ。
ティグレだって、結構美形じゃん。
うちのシオンやラヴィには負けるけど。
そう言えば、おたくの弟さんは?」
私が言うと、皇太子はさらっと答えた。
「わざわざ遠い国から、何をしに来たか分からない輩に、弟を会わせる訳が無いだろう。
お前達が安全と分かれば、後で会わせてやる」
「輩言うな。
ははっ、過保護だねえ。
ほらシオン、ほっぺにクッキーついてる」
私が顔を拭いてやると、シオンは嬉しそうに笑った。
「…ラヴィ。
パパがあ~んしてあげましょうか?
はい、あ~ん」
父親になれた事が嬉しくて仕方ないエヴァが、ラヴィの口元にクッキーを差し出した。
「パパじゃない‼
ああもう、泣くな!
父さん!」
ラヴィは出来たばかりの父親に戸惑っているが、まあその内慣れるだろう。