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第2話

リリィとヴィクトル医師の大恋愛は約8年にも及ぶ。


そのきっかけは1つの不幸な事故だった。

私たちが在籍していた魔術学院の初等しょとう部は、長期休暇中にレクリエーション的な課外活動を行うのが通例だった。リリィも私も、小さな頃からそのイベントに例年参加していた。

10歳の夏に参加した課外活動は、深い森の中を探検しながら魔術の練習をするといった催しだった。この活動中、子供たちは魔物に突然襲われた。


学院に通う子供は多少の魔術を使える。とはいえ、10歳の子供たちが凶暴なモンスターに太刀打たちうちできるわけがない。

私も怪我を負った。とはいえ私のダメージの程度は軽かった。

しかし、子供たちの列の先頭付近にいたリリィは、魔物の攻撃をまともに食らったのだ。


思わぬアクシデント。泣きわめく子供たち、うろたえる大人たち。

そんな中で迅速じんそくな応急処置を行ったのが、当時高等部の学生だったヴィクトルだ。


当時のヴィクトルは、医師見習いが在籍する回復術のクラスで首席しゅせきをキープしていたと聞く。

私の軽い怪我など、ヤツはほんの数分で治療してのけた。


それでも、体をざっくりとえぐられるほど重傷だったリリィの傷を治すのには難儀なんぎしたらしい。治療には一昼夜をようした。

翌朝、しっかりと怪我を治しきったヴィクトルに、リリィは言った。

「先生は命の恩人です。私、先生のお嫁さんになりたい!」



10歳のお嬢さんに告白された16歳の医学生は「じゃあ、まずはお友達からですね」と軽くいなしたらしい。

それでもリリィは諦めなかった。ことあるごとにアプローチを続けた。

2人が正式に恋人としてお付き合いを始めたのは出会いから5年後。リリィが中等部を卒業した日のことだ。


そしてリリィの話から察するに、ヴィクトル医師は律儀りちぎに待ったのだろう。リリィが大人になる日を。

この国の成人年齢は18歳。そして、リリィは先週めでたく誕生日を迎え、18歳に達したのだ。

リリィが子供のうちは、ヴィクトル医師は決して手を出さなかった。一線を越えなかった。

さかりのついた年代の男が、こんなに可愛いリリィを前にして8年間「おあずけ」を貫いたのだから恐れ入る。


お付き合いは15歳から。

体の関係は18歳から。

ああ、頭にくるほど誠実なヤツだ。


それにしても。

本来であれば無関係なはずの私は、2人の恋がどこまで進んでいるのかをよく知っている。知りすぎている。

なにしろ、リリィは2人の間に起きた出来事をなにもかも、つまびらかに語って聞かせてくれるから。

私は無関係だというのに。

無関係でいさせてくれたらいいのに。


「ねえねえ!マキアは今、好きな人とかいないの?」

これだもん。無自覚の無邪気が一番怖い。


「私の恋人は薬学よ。研究だけを愛してるの」

この大嘘を言うの、何度目だろうか。



私たちは、医者になりたかった。

特にリリィは、ヴィクトル医師に命を助けてもらったことがきっかけで、医療への強い憧れを持っていた。


だけどこの国で医師になれるのは、回復術を使える魔術師だけだ。

そして、私たちには回復術が身につかなかった。


魔術の資質には個人差がある。複数の魔術をいとも簡単に身につける人もいれば、魔術の素質がほとんどない人もいる。炎術えんじゅつ水術すいじゅつ氷術ひょうじゅつ幻術げんじゅつなど、その種類もバラバラだ。

きっと魔術の資質というのは、神様がランダムに振り分けているのだろう。


人助けをしたい。命を救いたい。

でもどんなにこいねがっても、回復術の資質をもたない私たちは医者になれない。


リリィも私も、考えることは同じだった。

―――医師がムリなら薬師くすしだ。


幸い、リリィと私は魔術薬学の分野で有用といわれるいくつかの資質を持っていた。

似た者同士の私たちは、魔術学院大学部の薬学研究室に仲良く進んだ。

そして現在は、得意な魔術を駆使くししながら、薬品開発の研究に没頭ぼっとうしている。



ところが、だ。


「ねぇ……マキア。どうしよう、私……」

リリィが真っ青な顔をして研究室にやってきたのは翌日のことだった。

「魔術が……使えないの」

そう言うやいなや、リリィはぽろぽろと涙を流し始めた。

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