親友に彼女が出来た
彼女が出来たんだ。
友人の夏目朝日から、そんな報告を受けて、僕はからん、と箸を落とした。
「今、何て……?」
青天の霹靂すぎる、その言葉。
僕は全ての血が凍りついていく感覚を覚えた。すうっと身体中が底冷えしていく。
僕が教室の床に落とした箸を拾って、朝日が「落ちたぞ」と笑いかけながら、手渡してくれる。
こういうところが好感度上がるぅ…、
じゃなくて!
「は、え、何?か、彼女?彼女出来たって言った?」
「…うん。てか、お前がずっと俺と璃衣のことアシストしてくれてたんじゃん。何でそんなに新鮮な反応なの…?」
応援してるのと、実際親友に彼女が出来るショックは別物なんだよ!
まじか……
いやあ、そろそろくっつきそうだなあ、時間の問題かなあと思ってたけども!!
この僕の親友、夏目朝日は完璧な男だ。
文武両道、質実剛健、硬派な見た目に反して、気さくでフレンドリーな性格。しかも、やらせれば出来ないことは何もない器用っぷり。
その完璧な男は、必然と言うべきか、この学園でもクールビューティーの高嶺の花、雪白璃衣の心をまんまと射止めてしまった。
くそぉ、何でだよ…ぉ。
何であの美少女、朝日を………
雪白さんめ!
最高に男の趣味が良いじゃないか!!
そこだけは、褒めてやる!!
しかし、この完璧な夏目朝日には、一つだけ欠点があった。
天然にして、鈍感。いや、鈍感すぎたのだ。
雪白さんは、ストーカーレベルに猛アプローチしていた。
朝日の部活の試合には、必ず応援に駆けつけて差し入れを持っていったり。
綺麗に包装された手作りのお菓子は、プロが作ったような一級品の見た目。とても美味しそうだった。
まあまあまあまあ。
完璧な僕の親友を彼氏にしたいって言うんなら、それくらい当たり前なのだ。
そのお菓子は、雪白さんが朝日のためだけに作ったもの。
いや、あの日のことはよく覚えてる。
朝日は雪白さんの作ったクッキーを食べて、『めっちゃ美味しい』と太鼓判を押して、それからーーーー
『颯、どうぞ。雪白さんが作ってくれたコレ、めちゃくちゃ美味しいぞ。颯、羨ましい奴だな。こんな可愛い子に差し入れして貰えて』
……………は?
僕も、雪白さんも、凍りついたのは言うまでもないだろう。
何言ってるんだ、このナイスガイ。
いかん、ここまで恋愛バカだとは思わなかった。
いや…僕にも責任があるのか。僕への差し入れを朝日経由で持ってくる女子が過去に居たのだ。
そのせいで、朝日は自分への差し入れだと認識できなかったらしい。
流石に、雪白さんが不憫だった。
そのせいで、誠に不本意ながら、僕は彼女の恋のアシストをしてやる羽目になった。
『それ、朝日宛てだよ。何で僕に渡そうとした』
『…え?そうなのか?てっきり……そうなの、雪白さん?』
『………(こくこくこく)。な、夏目くんのために作ったのよ……!』
『えーまじで?めっちゃ、嬉しい。ありがとう』
朝日に最上級のスマイルを見舞われた雪白さんは、いつものクールビューティーはどこやら、白い顔を真っ赤に染め上げた。
流石、朝日だ。
ここまで露骨な反応を見れば、まあ、朝日ももう気付いただろう。
雪白さんが、自分に好意を持っているということに。
……などと、考えた僕が馬鹿だった。
『雪白さん、美少女なだけじゃなくて、フォローも完璧なんだなあ。いつもモテモテな颯の隣で、俺のことを不憫に思ってくれて、コレ持って来てくれたのか』
………………はああああああああっっっ!???
何でそうなるんだよ!!
そうじゃないだろうがこの鈍感め!!
流石に、流石に、雪白さんが可哀想だと思ったのだ、僕も。
それからは、雪白さんに朝日の好きなものやら何やらの情報を渡したり、僕と僕の女友達も交えて4人で遊びに行ったり、はたまた朝日と雪白さんの2人だけのデートを画策したり。
僕はそれとなーく、雪白さんの恋のアシストをしてやった。
僕がこれだけ気にかけてやったんだ。
これでこの鈍感王子を落とせなかったらきっぱり諦めてくれよ雪白さん、などと思ったりもしたが、雪白さんも転んでもタダでは起きない女だった。
あの鈍感王子がついに恋心を自覚した時には、よくやったと思った。
それと同時に、雪白さんをちょっと呪った。
こんちくしょうめ、と地団駄を踏んだ。
やっぱりアシストなんてしてやらなきゃ良かったと思う、性格の悪い自分が僕は嫌いだった。
おめでとう、と僕はこの言葉が喉奥で詰まって、言ってやれなかった。
「あ、じゃあ璃衣に呼ばれてるから、行ってくるな」
嬉しそうに席を立って、教室を出て行く朝日。
僕は、はあ、と溜め息を吐いた。
「羨ましい……」
雪白さんが。
僕の最高の親友に、こんな日が来ることくらい分かっていたけど。
それでも居心地の良い朝日の隣を奪われてしまったのは、癪なのだ。
「うわー、ぷぷぷ、可哀想な颯〜!どうしたの〜、美羽が慰めてあげっよか??」
僕を揶揄うような笑みを向けて、僕の元にやって来たのは大友美羽。
彼女も、僕と一緒で朝日と雪白さんをくっつけるように協力した人物だ。
ちょくちょく僕にうざ絡みしてくる天敵。
僕は、今世紀末最大の悲しみに直面してるってのに、少しは気を遣わんか。
「どうやって、慰めてくれるって言うの?」
「ふふーん、美羽の胸を貸してあげる〜存分に泣きたまえ〜、そして、母性に包まれてさらに泣け〜」
僕は、彼女の慎ましやかな胸をちらりと見た。
母性(笑)。
「僕も、飛び込む胸くらい選ぶさ。可哀想に〜」
「……戦争しようか?」
僕の含みに気付いた巨乳派アンチの美羽は、にこりと笑ったまま、拳を用意した。
いかん、お前と戦争したら洒落にならないぞ。
「性別の壁を超えてこい。僕は今、あのちょうど良い胸板で泣きたいんだよ!」
「え、そっち?」
「ああ、あのほどよい筋肉が恋しい〜」
「それは、キモい」
よし、誤魔化せた。
悪いな、美羽。僕は巨乳派だ。




