70 最終話
エーヴェルトはまだ泣いている両親を促して外に出ようとした。
「そろそろ出ましょう。父さま、母さま」
思わずエーヴェルトは幼い頃に両親を呼んでいた呼び方をしてしまい口元に手を当てる。少し恥ずかしくなってしまったが、周りに自分と両親しかいなかった事を確認し内心でホッとした。
何とか両親を立ち上がらせると、待ちきれなくなったローゼリアがやっぱりイアンの手を引っ張りながらやってきた。エーヴェルトはこの夫婦の将来が見えたような気がした。
ローゼリアはいつも通りだったが、先ほどとは違ってイアンが緊張した表情をしている事にエーヴェルトは気付いた。
外は騒がしいが、礼拝堂には自分たちしかいなかった。
そして突然イアンがローゼリアの手を離してエーヴェルトとクレメンスへ向けて声を掛けてきたのだった。
「おっ、俺、いえ私は生涯を掛けてローゼリア嬢を大切にしきたいと思っていますっ。俺は頭もあまり良くないから守る事しかできませんがっ、盾くらいにはなれますっ。それだけは絶対にここで誓えます!大変遅くなってしまいましたが、ローゼリア嬢を私に下さいっ」
そう言って潔いと思えるくらいの勢いでイアンは思い切り頭を下げた。
ローゼリアはそんなイアンをキラキラした瞳で見ている。おそらくローゼリアが気に入っている恋愛小説に似たような場面があるのだろうとエーヴェルトは幸せそうな妹の姿を見ていた。
「……私は、家を潰した男だ。私はキミに文句を言えない立場だが、娘を決して悲しませないでくれっ」
「はいっ、不束者ですが、よろしくお願いいたしますっ!」
クレメンスはまた泣き始めた。そんなクレメンスを見てイアンも共感したのか泣きそうな顔をしている。この二人、やっぱりよく似た性格をしている。エーヴェルトはそう思った。
今にも抱擁をしそうな父と義理の弟の二人を見て、エーヴェルトはイアンの背中を軽く叩いた。
「僕はキミのような馬鹿は大歓迎だよ」
そう言ってエーヴェルトは苦笑した。
ふと視線を感じたので目をやると、先ほどまで夢見心地な表情を浮かべていたローゼリアがエーヴェルトを真剣な表情で見つめていた。
「お兄様、今日ははるばる来て下さってありがとうございます。こうして家族が揃う事が出来たのもお兄様のお陰です」
「僕も久し振りに“殿下”からフォレスター家のエーヴェルトに戻った気分だったよ。……ロゼ、お前は幸せにおなり」
エーヴェルトがローゼリアの頭を優しく撫でる。
エーヴェルトの優しい眼差しにローゼリアの大きな瞳から涙が溢れる。
「お兄様、ごめんなさい。私もお兄様と共に歩むべきでしたのにっ」
この国を変えていこう、幼い頃にそう二人で話していた時もあった。それをエーヴェルトにだけ負わせてしまった事にローゼリアは胸を痛めていた。
「大丈夫だよ、ロゼが僕たちのために我が家から出て行ったあの日に、僕は一人で歩いて行く事に決めたのだから。……これからもっとエルランドの貴族とランゲルの貴族との婚姻を増やしていく。これで僕たちはもう混血とは言われなくなるし、ロゼが産む子供たちも暮らしやすい国になっていくよ。オルコットは僕の戴冠と共に陞爵して侯爵となり、領地も増える事になる。だからロゼは侯爵夫人として、時には王妹としてランゲルとエルランドの夫人たちの間に立って欲しい」
「はい、承知いたしました。形は変わってしまいましたが、今度は私が陰ながらお兄様のお役に立って見せますわ」
「うん、よろしく頼むよ。ああ、そういえばランゲルの屋台って僕も行った事が無かったな」
「まあ、そうでしたの!イアン様は屋台にお詳しいのですのよっ、イアン様っ本日のおすすめの屋台を教えて下さいましっ」
「えっ、ここで急に言われてもっ…………あ、さっき馬車から見た時にバックカルトッフェルの店とランゴスを出している店があったな」
「どういうものですのっ、それはっ」
「ランゴスは揚げたパンに具材やソースをのせて食べるもので、バックカルトッフェルは焼いた芋の上にチーズや好きなソースをかけて食べるものだ。この辺りは芋をたくさん作ってるから……っておいっ、ロゼ走るなっ!危ないからっ」
急に走り出したローゼリアをイアンがすぐに捕まえて横抱きに抱きかかえる。
「きゃあ!」
ローゼリアがイアンに抱きかかえられたまま教会の外に出ると、いつの間にか出入口付近に人が集まっていて、二人を拍手で迎えてくれた。
「屋台には後で連れていくから、ロゼ」
そう耳元で囁かれたローゼリアは恥ずかしくなってしまい、イアンの肩口に顔を埋めた。
ローゼリアが低い声で名前を呼ばれる事に弱いのを知っているイアンは愛しい妻を見てふっと笑いながら二人で馬車に乗り込んだ。
馬車の中でイアンはローゼリアを後ろから抱きしめる。
「今まではずっと我慢していたから、こうしているとキミと結婚をしたと実感が湧いてくる」
「イアン様、私今すごく幸せです」
「俺も……」
しばらく二人で見つめ合い、自然とお互いの顔が近づいた瞬間、………馬車が止まった。
教会からオルコット家の屋敷までは近いのだ。
イアンは軽く舌打ちをしながら、自分でドアを開けて馬車から下りると、ローゼリアに向けて両手を広げる。
「おいで、ロゼ」
「はい、旦那さま」
屋敷では祝いの為に宴の準備をしている。やはり時間が無いからとエーヴェルトは側近たちに連れられて教会を出るとすぐに王都へと帰って行ってしまったが、父と母と義父、それから屋敷で働く使用人たちがローゼリアとイアンの結婚を祝ってくれた。
町を走るエーヴェルトたち一団の馬具に王家の紋章を見た領民たちは、エーヴェルトが妹の結婚を祝いに文字通り駆けつけたのだとすぐに理解した。
エーヴェルトたちは直ぐに去ってしまったが、王太子が来たという事実は領民たちを湧かせ、町のお祝いムードは更に盛り上がった。
この日ローゼリアとイアンは夫婦となった。
この後ローゼリアが『公爵令嬢の白い結婚』という、いくつものサファイアとエメラルドで飾られた超豪華装丁版の小説を出すのは、彼らが王都で披露宴を挙げた時の事だった。
最終話まで読んで下さりありがとうございます。
たくさんの方々がお時間を作って読んで下さった事を、とてもありがたく感じています。
自分にとっては長い話だったので、無事に最終話まで公開する事が出来てホッとしています。
ありがとうございました。




