68 ローゼリアの結婚
冬も終わり暖かい季節になった頃、ローゼリアはイアンと結婚をした。
オルコット領で一番大きな町であるコルコスはその日、雲ひとつない快晴で天候も次期領主の結婚を祝っているようだった。
領主の館から教会までは僅かな距離であったのだが、道には花が飾られいくつもの出店が並んでいてお祭りムードを漂わせており、いつもよりも外に出ている領民が多かった。
ローゼリアとイアンの乗っている馬車はゆっくりと進んでいた為か、馬車が見えると領民たちは左右に分かれて道を譲り、馬車へと手を振っているのだった。
「今日は楽しそうですね、何のお祭りかしら?」
そう言って馬車からローゼリアは無邪気に手を振り返していた。
「相変わらずそういうところは鈍いなあ。よく見て、俺たちの結婚を領民たちが祝ってくれているんだよ」
「まあ、そうでしたの!お父さまとお母さまが来て下さるだけでも充分でしたのに、皆に祝われるなんて嬉しいですわ!」
領民たちに自分たちの結婚を祝うようにと伝えたのはイアンで、町長には教会までの道を花で飾って欲しいとイアンの個人資産から町へ予算を多めに融通していたし、オルコット家からは酒屋と飲食店に金貨を渡し、今日は通りを歩く者たちに酒と食事を振る舞うようにと伝えてあった。
なので、いつも外に出ている子供はもちろん、普段は家の中にいる老人たちも通りに出て浮かれた様子で歩いていたのだった。
そして教会の前に着くと、教会の入り口には町長から依頼を受けた花屋と服飾店が腕によりをかけて飾り付けをしたので、特にたくさんの花やリボンで飾られていて、普段の教会よりもずっと華やかだった。
ローゼリアが初めてこの教会を訪れた時もイアンと一緒だった。
あの時のローゼリアはドレスを1枚も持っていなくて、貴族女性とは思えないひどい格好をしていた。教会も町もいつもと変わらない日常の景色のままで、式も無く夫もいないままローゼリアはここで結婚をしたのだった。
イアンのエスコートで馬車を降りて、二人で控室へと向かう。
本来なら花嫁と花婿は別々にやってくるのだが、ローゼリアは伯爵との結婚を取り消した後もオルコットの屋敷で暮らしていたので、教会までイアンと一緒に行きたいとローゼリアが言ったのだった。
『だって、結婚式の当日になって花婿が来ないとか、別の女性を連れてくるとか、そんな事があるかもしれないと思うと不安で仕方無いの!』
完全に恋愛小説に影響され過ぎている、イアンはそう思ったが自領で挙げる身内だけの小さな結婚式なのだからと、ローゼリアの好きなようにさせる事にした。
『ロゼ、よく考えてごらん、キミよりも素敵な女性がこの世の中にいると思うかい?キミの案は受け入れるが、俺がキミ以外の女性に懸想するという妄想はいただけないなあ。俺がキミへの思いをもっと態度で示せばよかったのかな? ……そうだ、結婚式の練習のために口づけの練習をまたしよう』
『ま、待って下さいイアン様、そういうつもりで言った訳では……。あっ、……もうっ』
イアンに挨拶程度の口づけをされたローゼリアは、慣れていない口づけに顔を真っ赤にする。
そんなローゼリアの事を可愛らしいと思って、イアンはローゼリアの頭を愛おしそうに撫でるのだった。
◆◆◆
教会に入り、控室に案内されたローゼリアはそこで久し振りに母のナタリーと父のクレメンスと再会をした。
「ロゼっ、父さまはずっとお前に会いたかっ……」
「ああっ、ロゼっ!おめでとうっ!母さまはあなたの結婚式にこうして出る事が出来て嬉しいわっ!それにドレスもよく似合っているわ!」
ローゼリアを抱きしめようとした父を押しのけて、母がローゼリアを抱きしめる。父と母と共に合うのは二年以上振りだが、二人の夫婦関係はすっかり変わってしまったようだった。
父と母はエルランドでの仕事の都合で出発したのが遅く、前日の夜はひとつ前の町で宿を取っていたので再会は式当日となってしまった。しかしこの後は数日オルコット領に滞在した後にランゲルの王都へもしばらく滞在する事になっている。
エーヴェルトは半年後に戴冠式を控えているので忙しく、さすがにオルコット領までは来れなかったが、シーズンが始まったら貴族を呼んでの披露宴を王都で開く予定なので、そちらには出席をしてくれるという話だった。
ローゼリアとイアンが婚約をしたのが夏の終わりで、春の初めの結婚となった。
貴族同士の結婚として準備期間が短くなってしまったのは、秋にはエーヴェルトが戴冠して王となる為で、その後にローゼリアが結婚となると王妹の結婚となる為に大掛かりなものになってしまうからだった。
今ならばどの派閥にも属さない斜陽気味の伯爵家の婚姻なので、披露宴を王都で大々的にしておけば結婚式は領地で済ませられるのだが、それでも結婚祝いの品々は様々な方面から贈られてきたので、結婚式後の最初の仕事は贈答品への礼状の返信になりそうだった。
そして何よりこの教会で式を挙げる事はローゼリアが強く望んだ事だった。
書類の上では、結婚の事実そのものが無くなってしまったが、前の結婚で嫁いだ時もこの教会から始まった。
あの時は祝いらしきものも何も無く、ただ書類を出しただけの寂しいものだった。
だからローゼリアはあの時のやり直しをしたかったのだ。
あの時はこの場に来る事が出来なかった両親に見守られて、隣には旦那さまと呼ぶべき大好きな相手がいる。領民にも祝われ、真っ白なドレスを着た自分は今度こそ幸せな花嫁だと思える。
ローゼリアが母のナタリーに強く抱きしめられながら早くも涙を流しそうになった時、突然控室のドアが強めに叩かれて、司祭が現れたのだった。
「……大変です!王太子殿下より先触れがあり、本日こちらにいらっしゃるとの連絡がございましたっ」
司祭もあまりに驚いているのか、焦っている様子で早口にそう告げたのだった。
もちろん、王太子とは既に立太子をしているエーヴェルトの事だった。
突然の先触れにその場にいた全員が驚いて顔を見合わせたのだった。
エーヴェルトからの先触れによると、自分にはあまり時間もないし長く居られないので式は済ませてしまって構わないと伝言が添えられていた。
「お兄さまはどれくらいでいらっしゃるのかしら?」
「昼前には到着されるとの事です」
出来ればエーヴェルトを待ちたいところだが、昼前の到着では式はとうに終わっている予定だ。僅かだが招待客もいるので判断が難しいところだった。
「わかりました。式は時間通りに始めますわ」
ローゼリアはその場にいる皆にそう告げたのだった。




