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63 目覚めたら……

【イアンside】


 イアンが次に目覚めた時は夜だった。オルコット伯爵家のタウンハウスの自分のベッドに寝かされていた。


 額に手をやると包帯が巻かれていて、軽く押してみたら後頭部に痛みを感じる。あの時は夢中で気付かなかったが、地面に何度も頭を打ち付けられたから血でも流れたのだろう。


平民街で起きた事は夢ではなかったのだと改めて思った。


 起き上がろうと身体を動かそうとするのだが腹の辺りが重く、何か重い物を乗せられているようなので、どかそうと思って自分の腹の上に乗せられた物に触れたら、ふわりとした人の髪の毛だったので、イアンは驚いてすぐに手を引っ込めた。


「……う~ん」


 小さなうなり声と共に腹の上の何かがごそごそと動いたので、よく目を凝らして見てみたら、そこにはイアンの腹を枕にしてうつ伏せに眠っているローゼリアの姿があった。


(ひっ……)


 ありえない光景に驚いたイアンは声を上げそうになったが、何とか口に手を当てて押し止める事が出来た。


 よく見たらベッドのすぐ横にいつもは置いていないはずの椅子が一脚置いてある。これは看病をしていて眠ってしまい途中に目が覚めたが、寝ぼけてベッドまで上がってきたといったところだろうか?


 何の掛け布もないローゼリアをこのままにしておいて風邪を引かせる訳にはいかないが、使用人を呼ぶにも時間が遅すぎる。自分がどれくらい眠っていたのか分からないがおそらく今は深夜の時間帯だろう。


 ローゼリアの私室に勝手に入るわけにはいかないので、ここは自分のベッドに寝かせるのが一番いいのだろうが、義理の母親と同衾するわけにもいかない。


 仕方なくイアンはローゼリアをベッドに寝かせて掛け布を掛けた後に、いつの間にか着せられていた寝間着から部屋着へと着替える。そしてクロゼットから大きめのブランケットを取り出してからソファーに横になり寝直す事にした。イアンの大きな身体ではソファーは小さいが、床で眠るよりはマシだと思ってイアンはソファーへと移った。




 ◆◆◆




「きゃあぁぁぁ!!」


 甲高い悲鳴と共にイアンの目覚めはやってきた。チラリとベッドの方を見たら、ローゼリアが青い表情を浮かべてベッドから半身を起こしていた。


 ソファーで眠ったから身体が少し固まってしまい、イアンは目をこすりながら伸びをする。後ろ暗い事は何ひとつしていないので、ローゼリアをどう落ち着かせようかとイアンはソファーに座り直しながらぼんやりと考えていた。


「奥様っ、どうされましたかっ」


 オルコット家のメイドがドアの向こうから大きな声を掛けてきた。だが声は掛けるが決してドアは開けてこなかった。そう、これはきっと昨夜自分がローゼリアに無体を働いたのだと疑われている構図だ。


「だ、大丈夫よ。入ってきて」


 何故かローゼリアの声がか細い。今のひと声でメイドたちの疑いは確信に変わっただろう。


 ゆっくりとドアが開いて、三人のメイドたちが姿を見せる。ベッドの上にいるローゼリアと、寝ぐせもそのままにソファーの上に座るイアン。ソファーの背に掛けられたブランケットとイアンが枕にしていたクッションを見て、ようやく誤解が解けたのか、取り繕うように侍女たちは慌ててイアンの世話を焼き始めた。


「あらあらぁ、イアン様もお目ざめになられたのですね。お加減はいかかですかぁ?」


 メイドの声の調子もおかしく、その場にいた全員が気まずい思いをしていた。


「申し訳ありませんっ、いますぐどきますのでイアン様はゆっくりお休みになって下さいましっ」


「いや、このまま起きる。……俺はどれくらい眠っていましたか?」


 ロイドとやり合った時にぶつけたのだろうか、体中のあちらこちらに痛みを感じていた。


「どれくらいも何も、イアン様がお怪我をされたのは昨日の事ですわ」


「ああ、やっぱり俺って頑丈なんですね」


 そう言ってイアンが苦笑すると何故かローゼリアは頬を赤く染めて下を向いてしまった。


「きっ、昨日は助けて下さってありがとうございました。あっ、あの時はっ怖かったですが、その……、とても、ええ、ですから……」


 いつもとは違う歯切れの悪い言い方にイアンはローゼリアの言葉を聞き返した。


「えっ、何ですか?」


 よくよく考えると昨日路地裏にいたあたりからローゼリアの様子がおかしく、会話がうまくかみ合ってくれない。


 ローゼリアの様子に、またまた何かを察したメイドたちが部屋からそっと出て行った。


「すみません、俺、まだ貴族特有の言い回しがまだよく理解できなくて…」


「違うのですっ!イアン様は全っく悪くありませんっ」


 こんなに慌てたように取り乱すローゼリアは、蛇を見た時以来だとイアンは思っていた。


「私はっ、私はっ、人妻ですのよっ」


 それだけ言うと、イアンのベッドを占有したままのローゼリアは、顔を真っ赤にして掛け布で顔を隠してしまった。


 ローゼリアが何を言おうとしているのかは分からなかったが、ここでようやくイアンにもおおよその事態がつかめてきたのだった。


 巡回騎士をしていた頃、先輩の騎士が若い娘を助けた時は気を付けろと言われたのをイアンは思い出していた。


 若い騎士が若い娘を助けた場合、娘が騎士に恋愛感情を抱く確率は高いのだと。


 しかし、それは身の危機を感じた時に感じた動悸と恋愛で抱く動悸とを混同しているからで、決して自分に魅力があると思うなよと釘を刺されたのだった。


 その先輩の言葉は正しく、イアンは仕事で女性を助けた後にその女性から告白をされた事が何度かあった。


 ローゼリアはこれまでイアンを恋愛対象として全く思っていなかったはずだ。ここで騎士の先輩に言われた事をローゼリアに説明すればローゼリアのイアンへの思いはもしかしたら一瞬で冷めてしまうかもしれない。


 しかしイアンはこれまでローゼリアに自分を意識してもらおうとあの手この手で頑張ってきたつもりだった。これまでのローゼリアには全く通用しなかったが。


 そして書類上の夫である義父からも、ローゼリアの兄であるエーヴェルトからもイアンがローゼリアをもらっていいと言われている。


 イアンはローゼリアが森で迷子になって以来、ローゼリアが気になって仕方がなかった。つまりイアンは一年以上もローゼリアに片思いをしていたのだ。


(これは俺にもチャンスが与えられたと思っていいよな)


 そしてイアンは自分がどう動くべきかを決めたのだった。

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ローゼリアチョロ
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