59 兄と妹
【エーヴェルトside】
馬の準備をさせている間、エーヴェルトは近衛騎士専用の詰め所へと早足で向かう。
先ほどローゼリアの危機を知らせてきた侍従がエーヴェルトの後に続く。彼はエーヴェルトが文官をしていた頃の部下で、王宮を追われてからもエーヴェルトに王宮の様子を定期的に知らせてくれていた。
今回エルランドからの使者として来るのが自分であると極秘に伝えたら、使者の世話役を自ら進んで引き受けてくれたので、彼にローゼリアの警護の手配も頼んでいたのだった。
警護といってもローゼリアは伯爵邸にいる事が多いので、伯爵邸の周りに怪しい者がいないか周囲の動きを見てもらっていただけだったので、使える人材が少ない今は仕方なく金で雇っただけの者たちを置いていた。
エーヴェルトが最も警戒していたのはヴィルタとその派閥の者たちだった。彼が自分の派閥の者たちと共に造反する可能性を考えていた。なので、エーヴェルトが使える文官出身の僅かな者たちは、貴族たちの顔をある程度知っていることもあって、ヴィルタ邸の監視へと集めていたのだった。
「妹君はオルコット令息とご一緒だったようです。付けていた者の話によると妹君はオルコット令息と共に平民街へ向かい、平民街へ入ってすぐに監視の者も見失ってしまったようです。尾行に気づかれて警戒された可能性もあると思います」
侍従は早足で歩くエーヴェルトに続きながら詳細を報告する。
「平民街か……ヴィルタは懇意にしている商人を使って平民街のならず者と繋がりがある。馬の準備が出来次第、急いで平民街へ向かう。私は平民街へは行った事が無いのだが、近衛も同じだろうな。誰か詳しい者はいるか?」
「でしたら王都の巡回騎士の方に大至急話を回しておきましょう。彼らは王都内を常に巡回していますので、平民街の事にも詳しいです」
「わかった、そちらの手配をよろしく頼む」
そう言ってエーヴェルトは近衛騎士たちの元へ、侍従は巡回騎士へ連絡をする為の急使を手配する為に別れた。
侍従からの詳しい話でローゼリアが一人きりで逃げているのではなく、イアンも一緒だと聞いて幾分か安心した。エーヴェルトがエルランドでイアンに会った時に感じたのは父であるクレメンスに気質が似ているところだった。
彼らのようなタイプは簡単に裏切るような事はしないだろう。ただ相手が多勢だった場合、イアン一人ではローゼリアを守り切れる可能性が低い。
これまでフォレスターは代々王家の盾として国に深く寄り添ってきた。王家に忠実であれという家訓の元、フォレスター家の紋章には犬の形が使われていた。そんな気質の強いフォレスターで育ったエーヴェルトも国の為に自分の身を差し出すつもりであったが、実のところエーヴェルトにとって国よりも大切なのは妹だった。
エーヴェルトは小さな頃から混血児だと陰で言われ続けてきた。
友人と呼んでいた令息たちも婚約者だった令嬢も、エーヴェルトは受け入れ難いという感情を隠すように持っていた事は幼い頃から気付いていた。
笑顔に隠された拒絶、無意識に異分子という扱いを受けている自分。
しかし、幼い頃に行ったエルランド王国のピオシュ家では、従兄弟の友人たちからはそんな雰囲気を感じる事は無かった。従弟たちは伯父と同じダークブロンドの髪色だったが、従弟の友人たちの中にはエーヴェルトと同じ白金色の髪の子供もいたし、そもそもエルランドの貴族は金色の髪を持つ者の方が多かった。
そして皆がエーヴェルトを自分たちと同じ存在である、同年代の貴族の令息として接してくれた。
それは短期間だがエルランドへ留学していた頃にも感じていた事で、エーヴェルトがランゲルで感じていた空気とは全く違うものだった。
だから幼いエーヴェルトはエルランドで暮らしたいと父に頼んだのだが、フォレスターには大切な役目があるからと説き伏せられて許してもらえなかった。
友人や婚約者、ランゲルの同年代の子供たちに囲まれて一人だけ感じる疎外感。ふと周りを見たら、妹のローゼリアも自分と同じ境遇に陥っている事に気が付いたのだった。
お友達が出来ないと泣いていたローゼリア、ヘンリックが冷たいと泣くローゼリア。
自分はローゼリアの前では涙は見せなかったが、ローゼリアの気持ちは同じように感じていたから痛いほどよく分かった。
隠れて涙を流すローゼリアを慰めていたのはいつもエーヴェルトで、エーヴェルトが子供だった頃の一番の遊び相手はローゼリアだった。
エーヴェルトにとってローゼリアは妹ではあるが、友人と呼んでいた令息たちよりもずっと親友に近い大切な存在だった。
◆◆◆
近衛騎士の詰め所で待機をしていたのは7人程の騎士たちだった。広範囲を捜索に当てるには少な過ぎる人数だが、彼らは王族の警護が主な仕事なので通常勤務をしている者も多い。今いるのは王宮内で待機していた手の空いている者たちなのだろう。
ローゼリアに何かあったらこの国の大事に関わるというのに、すぐに動かせるのがこの程度の数かとエーヴェルトは内心でため息をついた。
国王といえどもすぐに動かせるのは近衛騎士だけで、他の騎士たちを動かすには先ず騎士団長の許可が必要だった。騎士団長の許可が下りた後には各小隊や各部署への通達を経てから騎士たちに招集をかけるので、急を要する事態に陥らない限り王宮直属の騎士団を動かすには時間がかかる事を文官だったエーヴェルトはよく知っていたが、それでももう少し何とかならないのかと、エーヴェルトは苛立ちを感じていた。
エーヴェルトを待っていた騎士たちの中には見覚えのある騎士が何人かいた。主である国王からの命とはいっても、今はフォレスター公爵家という肩書の無い、元文官だった自分の命令に従ってくれる者がどれだけいるのかまでは分からなかった。
しかし、時間が無いのでエーヴェルトは待機していた彼らに手短に説明をする。
「既に連絡があったかと思うが、この任務は陛下からのご下命である。王都のどこかにいるローゼリア・オルコットを至急保護して欲しい。彼女の身に何かあった時はランゲルの将来は暗いものになると思え」
それだけ言うとエーヴェルトは騎士たちの返事は聞かないまま早足で厩舎へ向かう。とにかく時間が無い、嫌だと思う者がいたら付いてこなくてもいい。エーヴェルトはそう思っていた。
幸い近衛たちは全員がエーヴェルトの後に付いてきてくれた。エーヴェルトと近衛騎士たちは馬に跨ると、王宮を出て急いで平民街へと向かった。




