41 絵皿の売れ行きとサロン
エルランドで絵皿の買い付けをしてランゲルへ王国に帰ってからひと月ほどが過ぎた。
ローゼリアはオルコット商会の副会頭であるクレイグと向かい合って座っているが、クレイグの表情は芳しくない。
理由はエルランドで買い付けをした絵皿の売り上げが思っていた以上に伸びなかったからだった。
「本の売り上げで絵皿の買い付けをしましたので、商会としましては赤字にはなっていませんが、このままでは今後の買い付けは控えられた方がよろしいかと思います」
「何がいけなかったのかしら?」
ローゼリアは眉をしかめている。薄化粧のローゼリアは幼く見えてしまうせいか、本人は真剣に悩んでいても、傍から見ていると可愛らしく見えてしまう。
「イアン様、笑い事ではございませんのよ」
ローゼリアを見てイアンは己の表情筋がつい緩んでしまいそうになるのだが、中身はいつものローゼリアなので、しっかりと指摘されてしまった。
「そもそも絵皿を飾るという文化が我が国ではありませんからね。あと人物が描かれたものは描かれているのがエルランド人だとひと目でわかりますから、ランゲル人には馴染みが薄いのではないでしょうか?」
ローゼリアがエルランドで選んできた絵皿の柄は、植物が描かれたものと人物が描かれているものだった。その中でも僅かに売れたのは植物を描かれたものばかりで、人物が描かれた絵皿は一枚も売れていなかった。
「今回買い付けてきた絵皿の他に、小説の場面を描いた絵皿を何枚もオーダーしてしまいましたの。次はランゲル人を描いた絵皿を作らせるつもりでいたのだけれどしばらく様子を見る事にしますわ。ランゲル人に好まれる絵柄にすれば上流階級にも受けが良いかと思ったのだけれど、まずはこのお皿たちを売らないといけませんわね」
「こちらに描かれている人物の容姿は、典型的なエルランド人の姿なのでしょうか?」
イアンとローゼリアのやり取りを聞いていたクレイグは、木の下で佇む金髪で青い瞳の女性が描かれている絵皿を一枚取ってじっくりと眺める。絵皿には女性の他は鹿も描かれていて、エルランドの神話をモチーフにした絵柄だった。
「典型的なエルランド人というよりも、エルランド人が見ればひと目で上流階級の女性と思う容姿ですわ」
「なるほど」
そう言いながらクレイグは絵皿と目の前に座るローゼリアを見比べる。
「私からの提案なのですが、奥様がサロンを開かれてはいかがでしょうか?」
「私が?」
王太子の婚約者時代、ローゼリアは王妃主催のお茶会やサロンの準備のほとんどを任された経験は何度もあったが、自分のの名前でお茶会やサロンを主宰した事は一度も無かった。
ランゲルのサロンでは参加者がお気に入りの詩の朗読をする事が多いが、エルランドでは詩の朗読の他に美術や音楽等の芸術作品の鑑賞をする事が多い。鑑賞をするだけではなく、芸術家を呼んで話を聞く事もあり、サロンそのものが芸術作品への造詣を深める教養の場になっている。
そして芸術家にとって貴族のサロンに呼ばれる事は、自身の芸術活動を支援してくれる貴族と出会える場でもあった。
「そうね、今回の絵皿の顧客層は下位貴族や富裕層の商人の婦人だからオルコット商会と付き合いのある方たちをお呼びしたサロンでも開こうかしら。絵皿を売らないと私の個人資産が減ったままですものね」
先日のエルランドへの旅費は伯爵家から出たが、絵皿の買い付け料金はローゼリアの取り分だった小説の売り上げから出していたので、買ってきた絵皿を売らないとローゼリアの資産は減ったままなのだ。
そしてお茶会やサロンを開くにはそれなりの資金が必要だが、以前伯爵が茶会やパーティーを開いても良いと言っていたので、こちらは伯爵夫人としての社交費用として伯爵家持ちとなる。なので社交費用として充てられた予算内であればいくらでもサロンや茶会を開ける上に、ローゼリアの懐は痛まないのだった。
ローゼリアは王都のオルコット伯爵家で絵皿を紹介するためのサロンを開く事を決めたのだった。