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40 エーヴェルトとの約束

 イアンが与えられた客室に戻ってしばらくすると、部屋をノックする音がしたので返事をしたらエーヴェルトが現れた。


「先ほどは母が失礼しました。母たちは出掛けましたので、よろしかったら気晴らしに先ほどお約束をしました僕との手合わせをして下さいませんか?」


 エーヴェルトが人好きのする笑顔を浮かべていたのと、かつて公爵令息であった彼が低姿勢できたために、本心では気が乗らなかったのだが、イアンは断ることが出来なかった。


 イアンの剣術は実の父親に教わった事を基本にして、王都の街の中を巡回するのが仕事であった騎士団の同僚たちと共に訓練を積んで学んだ事が全てだった。


 伯爵家次男だったイアンの父親は後継ぎでは無かったので、幼い頃から教師を付けてもらい、剣術に力を入れて学んでいたと聞いている。


 同僚たちの間でも体駆と腕力に恵まれたイアンは剣術が得意な方だった。巡回騎士団の中でもう少し下積みを続けたら、昇進試験を受けて王宮内の警備への異動希望を申請する事を上司に勧められていた。


 エーヴェルトは細身の体型で、身長も低くは無いが高くはないといった平均的な高さなので、体格的にはイアンの方が明らかに有利だった。


 彼のような相手にイアンは力技でいつも勝ってきた。先ほどは本人も剣術が得意ではないと言っていたのでイアンは手を抜く事を前提に考えていた。


 しかし剣を交えた今、イアンはエーヴェルトにかなり押されていた。


(くそっ動きが早いっ、それに剣先が嫌なところを正確に突いてくるっ)


「くっ」


 次から次へと素早く仕掛けてくるエーヴェルトに、イアンは受けるのがやっとで防戦一方だった。


 何とかエーヴェルトの剣筋に隙を見つけたかったが、繰り出される攻撃の早さにそこまでの余裕が無かった。


(体格の割に持久力があるなっ、……切り崩す隙が見えないっ)


 穏やかで優男風の彼の技術が高い上に、攻めの剣捌きを仕掛けてくる事が意外だった。エーヴェルトのような戦い方をするタイプは騎士団にはいなかったので、イアンはエーヴェルトとの手合わせにやりにくさを感じていた。


 何とか一度引くことで一旦態勢を整え、イアンは素早く渾身の力を込めた一撃をエーヴェルトへと向けて放つ。


「くうっ……」


 イアンの重くて力のある一撃が受け切れず、エーヴェルトは手から剣を落としてしまった。


 カランカランとエーヴェルトの持っていた鍛錬用の刃をつぶした剣が庭に敷かれた石畳の上に落ちる。


(何とか……勝った)


 肩で息をしていた二人は、しばらくの間無言だった。

 

 最初に沈黙を破ったのは先に息を整え終えたエーヴェルトだった。


「イアン卿はお強いですね。太刀筋も悪くありませんし、あれくらい出来るのでしたら騎士団に入れますよ」


 先ほどまでの気迫が嘘のように、エーヴェルトは穏やかな口調で話す。


「……エーヴェルト殿も元文官とは思えない早さでしたね」


「武官として名を馳せていたフォレスターの嫡男としてはまだまだですよ。剣術も貴族令息の嗜みだと言われて小さい頃から祖父にしごかれて育てられましたから。フォレスターの人間は代々足が速いからと素早い剣捌きばかり要求されて大変でした。それに文官なのに剣が扱えるのはいざという時に役に立つと思って鍛錬は今もしているんです。今となっては祖父に感謝をしています」


「ああ、足の速さは家系的なものでしたか……」


 石畳の上に座ったイアンは遠い目をして、森の奥へと駆けて行くローゼリアの姿を思い出していた。


「ロゼから五年後を目標にいずれ離縁をすると聞きました。イアン卿は伯爵との契約を最初からご存知でしたか?」


「いえ、俺が義父からその話を聞いたのは彼女がオルコットに来て少ししてからです。最初から知っていたら多分、契約結婚に反対していたと思います」


 イアンの言葉を受けて、エーヴェルトの表情が険しくなり、声が低くなる。


「ウチのロゼが気に入らないと?」


「いえ、そもそも俺は貴族の事に無知で、王太子殿下に婚約者がいる事は知ってはいましたが、相手がフォレスターの令嬢とは知りませんでしたから。義父から再婚の話を聞いた時も、またどこかの貴族令嬢を後妻にしたとしか思っていませんでした。義父も歳ですから、運良く実子が生まれたら俺を後見人にでもするつもりなのだと思っていました」


 エーヴェルトの怒気を孕んだ口調にもイアンは気にしていない様子で答える。これは鈍感なのか器が大きいのか分からないところだった。


「イアン卿は伯爵の本心をご存知でしょうか?」


「ええ、ある程度は」


「でしたら話は早い。その点についてどう思われますか?」


 イアンと同じように石畳に座っていたエーヴェルトがイアンに近づき、真剣な表情でイアンの瞳を見つめてきた。


 エーヴェルトの姿がよく似た顔立ちのローゼリアの面影と重なる。


「俺は、これまでは伯爵家の事や領地での仕事を学ぶ事は得意ではありませんでしたし、貴族令嬢も苦手だと思ってきたので貴族令嬢との結婚にも気が乗りませんでした。でも彼女に俺がしている事は中途半端だと叱られてから考え直したんです。それに俺よりもずっと年下なのに色々な事を知っていると思えば、意外なところが幼かったりして時々危うげなところもある。振りまわされていると分かっていても目が離せないんです。でも彼女は高貴な血筋の女性だから、父は貴族でも母親が平民だった俺では釣り合わない。少しでも彼女に釣り合う男になろうと義父から教わる仕事を俺なりにしているところですが、それ以前に彼女は俺を男とは思っていないですからね……」


 そう言い切ると、イアンは大きくため息をついて項垂れてしまった。


「この家の次期家長として言わせて頂きます。今の色々な状況を考えますと、我が家としましては伯爵となるイアン卿は身分的にもつり合いが取れていると僕は判断しています。今朝、母はイアン卿に厳しい事を言っていましたが、あれは半分は本心だったとは思いますが、母はイアン卿の人となりを見たかったから敢えてあのような物言いをしたのだと思います」


「でしたら途中で逃げ出した俺は夫人のテストに失敗したのでしょうね」


「そうかもしれません、でも次の家長は僕です。母もそれはよく分かっています。そして僕がローゼリアの兄として妹の伴侶に望む事はロゼを守れる人物かどうかです。剣術の腕前を見せていただき、イアン卿のお気持ちも聞かせていただきました。その上でお話をさせていただきます。これからランゲルは厳しい状況に立たされます。エーヴェルト・フォレスターとして僕が動いてあの国を追い込みます。僕の妹だからロゼも巻き込まれてしまうかもしれません。あなたがロゼを守って下さるのなら、僕は喜んで貴方にロゼを差し上げます。だから何かがあった時はロゼを捨てずに守って欲しいのです」


 そう言ってエーヴェルトはイアンに深々と頭を下げるのだった。

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