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31 いつもと違う

【ヘンリックside】


 シーズン初めに王宮で開かれる最初の夜会はその年デビュタントを迎える令嬢たちで溢れている。思えばマリーナと最初に会ったのはデビュタントの夜会だった。


 ダンスを踊った後、急に距離を縮めようとする令嬢たちとは違い、マリーナはその点では弁えた令嬢だった。


 初めて会ったシーズンはデビュタントでダンスをしただけで、その後は時々視線が合う程度で終わり、次のシーズンからは少しずつ話をするようになった。


 周りから恋人同士だと言われるようになるまで2年もかかったのが今では懐かしい。


 今年もヘンリックはデビュタントを迎えた令嬢たちとダンスを踊る。


 いつもの王子スマイルを浮かべながらダンスをしていたら、ふと見知った姿が視界の隅に入ってきた。


 ストレートの髪はプラチナブロンドだというのに重々しく、陶器のように真っ白な顔をした令嬢から夫人となった彼女は、嫁いだ事を否定するかのように令嬢時代と同じ装いをして一人で壁の花となっている。


 彼女の30歳年上の夫は近くにはいない。


 ヘンリックにはローゼリアが寂しそうな表情を浮かべているように見える。


 実はその時のローゼリアは、エルランドにいる家族のことを思い出して心配をしていたので、寂しい表情を浮かべていたのだった。しかしヘンリックは夫婦関係がうまくいっていないのだと勘違いをしていた。


(ローゼリアは堅苦しい話ばかりが好きで愛嬌というものが無いから、きっと伯爵にも煙たがられているのだろうな。令嬢時代と同じ格好をしているのは伯爵への反発心からしているのかもしれない)


 自分が幸せになるために見捨てた少女が、不幸な結婚をした事をまざまざと見せつけられているようで、ヘンリックの良心はわずかばかり痛んだ


 もうすぐ曲が終わりそうなところで、ローゼリアに向かって歩いて行く一団が目に入ってきたた。


(マリーナたちか……。今は公爵家の養子となったマリーナの方が爵位は上だからローゼリアに何かされるような事は無いだろうが、来年には結婚を控えているというのに何かあったらまずいな)


 ヘンリックとマリーナは1年後に王都の大聖堂で結婚式を挙げる事になっている。マリーナの妃教育の進み具合は芳しくないが、ヴィルタ伯爵のゴリ押しで王太子妃となる事が決まり、王太子妃教育は婚姻後も継続して続けることになった。


 ヘンリックは曲が終わるとすぐにマリーナとローゼリアがいる場所へと向かった。


 ヘンリックが声を掛けられる距離に来た時には、ちょうどマリーナがカーテシーをしているローゼリアの顎を扇で上に向かせようとしていた。


 何があったのかをマリーナから聞き出すと、マリーナはローゼリアが挨拶をしない事に腹を立てているようだった。


 ヘンリックの記憶にあるローゼリアは、必要な事以外は喋らない静かな女性だったが礼を欠くような人間ではない。


 挨拶なんてマナーの基本中の基本、マナーの教本のような彼女が自分より上位の貴族を無視するような事は無いはずだとヘンリックはまず思った。


 マリーナの後ろの令嬢たちがクスクスと笑う声に少々苛立ちながらヘンリックはローゼリアにマリーナの言い分について尋ねる。


「ヴィルタ様の事は存じておりますが、初めてお会いする方でしたので身分が下の私からのお声掛けは憚られました」


 家同士が敵対派閥だったので、子供の頃にマリーナとローゼリアが顔を合わせるような事は無かったのはヘンリックも知っている。


 昨年ローゼリアが社交会デビューをしてからは二人を会わせない為に、ローゼリアの出る夜会にマリーナが参加するのを禁止したのも、ローゼリアが王城へ訪れるお茶会の日にマリーナの登城を禁止したのもヘンリックがした事だったので、二人がまともに顔を合わせるのは今日が初めてだとヘンリックは知っていた。


 ローゼリアの返答にマリーナは却って恥をかいてしまった。


 マリーナの背後で先ほどまで忍び笑いを漏らしていた令嬢たちですら絶句した顔でマリーナを見ている。


 これから王太子妃として社交界を牽引していく立場になるのに、子供でも知っている事すら理解していなかったマリーナにその場にいた皆が驚いていたが、ローゼリアだけが涼しそうな表情を浮かべている。


 よくよく思い出せば小さな頃からローゼリアは常に冷静だった。


 長い間椅子に座っていられない子供同士のお茶会でも彼女だけが大人だった。


 ヘンリックはローゼリアも自分たちと一緒に遊べばいいのにといつも思っていたが、ローゼリアはいつも「淑女らしくしないといけませんので」と言って追いかけっこも木登りも断ってくる。遊び相手としてつまらないローゼリアにヘンリックは次第に声を掛ける回数が減っていき、やがて話しかけるのも止めてしまった。


 貴族として当たり前の事も理解していないマリーナに呆れつつも、しかし彼女の婚約者として不義理をしてしまった埋め合わせをしなければと思い、ヘンリックはローゼリアをダンスに誘った。


 ヘンリックは夜会では常に令嬢や婦人からダンスを求められてきた。だから自分がダンスに誘えばローゼリアもきっと喜ぶだろうと思っていた。


 しかし、彼女はその誘いをあっさりと断ったのだ。


 後から思えば結婚直前に元婚約者とダンスを踊るなんて酔狂な事をと思うのだが、その時のヘンリックは生まれて初めてダンスを断られた事に衝撃を受けていた。


 更に彼女は昨年のデビュタントの時、婚約者として隣に立たなかった事をチクリと笑顔で指摘してきたのだった。


 ローゼリアが留学から帰国した時、ヘンリックの心は既にマリーナにあった。ヘンリックにとってはマリーナが真実の相手で、ローゼリアとの茶会すら浮気をしているような気分になっていた。


 だからローゼリアのデビュタントは仮病を使って休んだし、ローゼリアと出ないといけない夜会にはワザと公務の予定を入れたり、デビュタントの時と同じように仮病を使ったのだった。


 ローゼリアのデビュタントが近付いていた時期に、ダンス講師からは婚約者とダンスの練習を、と言われていたがダンスのレッスンでもローゼリアに出来を採点されそうだと思ったヘンリックはダンスのレッスンですらローゼリアを拒絶していた。


 なのでヘンリックは長年の婚約者であったにもかかわらず、ローゼリアとはダンスをした事がなかった。


 ローゼリアだって一度くらい自分と踊ってみたいと思ったはずだし、王子からの誘いはローゼリアなら決して断らないとヘンリックは思っていたのに、水を掛けられたような気分になった。


 ヘンリックは驚きのあまり、まじまじとローゼリアを見た時に、彼女が自分の記憶よりもずっと小さかった事に初めて気が付いた。


 すぐそばにいるマリーナよりもローゼリアの方がはっきり分かるくらい身長が低い。


(ローゼリアはこんなに小さかったか?)


 そう思ってつい疑問を口にしてしまった。


「それはきっと殿下のお背がお伸びになられたからでしょう。私はこの数年は大して身長が伸びませんでしたから」


 まるで自分は昔から変わっていないが、ヘンリックは変わってしまった。そう指摘されているような気がした。


 そういえば今日のローゼリアは見た目は同じだったが、様子がいつもと違っていた。いつも彼女は国政と王族の心得の話ばかりしていた。今日だってマリーナの間違いに対して何の意見もしてこなかったし、ヘンリックに対しても以前のように、王族とはこうあるべきという言葉を言わない。


 ヘンリックの思うローゼリアだったなら、臣下であっても間違いは咎めるべきだとも言いそうな気がしていたのに。


 どうしていつも違う?


 ヘンリックが新たに湧いた疑問を口にしようとしたらマリーナに遮られてしまった。


「ヘンリック様、もう行きましょう」


 マリーナに腕をつかまれたヘンリックは、心残りではあったがローゼリアに背を向けたまま離れるしかなかった。

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