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28 オルコット商会での話

「私が小説を出した目的ですか?ズバリ、お金儲けですわ!」

 

 王都のオルコット商会の応接セットのソファーに座りながらローゼリアは語る。


「オルコットの領地での産業といえば製紙業のみですから、紙を使って何かしたいと思いましたの。ただの紙ではなく、売れる紙として考えた結果があの小説ですわ。我ながら良い考えだと思いますわ。ただの紙に価値をつける事を思い付いたのですから。でも小説なんて書き写されてしまえば終わりですわ。ですから、あの豪華装丁版を作りましたのよ。私の真の目的はあの豪華装丁版の本をより多く売る事ですわ。宝石を入れればアクセサリーと同等の価値が出るかと思いましたの」


「さすが奥様です」


 商会で帳簿付け等の事務を担当しているエラがお茶のおかわりを出しながら、ローゼリアに話し掛ける。ローゼリアの後ろに立つ屋敷から付き添ってきた侍女たちもうんうんと頷いている。


「ええ、ですが私本当は悪役令嬢ものが好きですの。あの小説に悪役はいませんから、恋愛小説としては生ぬるい内容になってしまいましたわ。まさか自分をモデルにした登場人物を悪役にするわけにはいけませんもの。でもランゲル初の恋愛小説ですから、あれくらいがちょうど良いのかもしれませんわ」


「モデルが誰かなんて言わなくても、皆さまお好きにご想像されますからねえ。奥様を悪役にした小説なんて伯爵さまがご許可を出されないと思いますよ。ところで、エルランドから取り寄せる美容液の件は残念でしたね。今回の小説の売り上げは美容液の開発に充当させますね」


 ローゼリアの正面に座るクレイグが美容液の企画書を手にしながら話す。


 季節は既に春を迎えていて、あと少しで社交シーズンを迎える。ローゼリアは冬の間ずっと王都にいて、オルコット商会での商売にかかりきりだった。イアンは伯爵の領地運営の補佐をする為に王都と領地とを行ったり来たりしていたので、のんびり街歩きが出来たのはあの一度きりだった。


 今イアンはちょうど領地にいるので、今日のローゼリアは屋敷の侍女たちと一緒に商会にやって来てクレッグと打ち合わせをしている。


「仕方ありませんわ、瓶に入った美容液のコストがあんなにかかるとは思ってもみませんでしたもの」


「最大の問題はランゲルとエルランドとの美容液の価格差ですね。ランゲルで売る美容液の価格をもっと上げることが出来たのでしたら、輸送費のコストとも相殺できたのですがね」


 ローゼリアが提案したエルランドから美容液を取り寄せて販売する案は旅商人と打ち合わせをした結果、国境を越えるので運搬費がかかり過ぎる事が分かり、企画倒れとなってしまった。その代わり、本の売り上げに見込みがありそうだったので、時間はかかるがオルコット領で美容液を製造し、国内で販売する事となったのだった。


「結婚前にお母様がおっしゃっていらしたの。ランゲルの美容液は安いけれど、品質はそれなりだから美容液はエルランドのものしか使わないと。あの頃は私も厚めのお化粧をよく施していましたから、エルランドの美容液は無いと困りましたわ。ランゲルの貴族女性はお化粧の厚い方が多いですから、高くても良品と分かれば購入して下さると思いますのよね」


「美容に関してはどなたかに広告塔になってもらえれば良いのですが、ウチの商会で繋がりのある女性ですと、平民の商家の奥様かご令嬢、平民の女優くらいですからね。奥様には貴族女性で社交界で影響力を持っている方にお知り合いの方はいませんでしょうか?」


「残念ながら今の社交界では私に近づきたい方はいらっしゃいませんわ。ランゲル製の美容液が完成するまではまだ時間もかかりますから、その点もこれからじっくり考えていこうと思いますの。でも、ピオシュの伯母さまから美容液を専門に作っている薬師を紹介して頂けたのは良かったわ。母と伯母さまが開発に協力して下さってサンプルをお使いになって下さることになりましたし、これでエルランドの公爵夫人と公爵令嬢といってもお母様ですから元が付きますが、が使っている美容液として売り出せましてよ。オルコット領で作れば製造費も輸送費も抑えられますから、サンプルとして配る事も出来ますわ。価格はランゲルよりも高く、エルランド製のものを取り寄せるよりも安くを目指しますわ」


 最初はランゲル国内の薬師を探そうとしたのだが、良い薬師が見つからなかった事と、美容液の開発の件はエルランド人の薬師の方が詳しいだろうという事で、ローゼリアが母のナタリーに相談した結果、薬師探しはピオシュ家の伯母の伝手を頼る事になったのだった。


「ところで、次の小説はいかがいたしますか?出入りの商人から、次はまだかと言われる事が増えているので2冊目もお考えになられた方がいいかと思います」


「あの作品を書いて下さった作家の方に次回作は年の差で婚姻を結んでいる夫婦の物語にしたいとお手紙で伝えていますの」


 「真実の愛」はエルランドの恋愛小説家に依頼して書いてもらった本だった。エルランドに留学していた時、ローゼリアは小説の作者に身分を隠してファンレターを送っていた。


 当時ファンレターは何人かの作家に送ったのだが、その中で返事を返してくれた作家に今回は執筆の依頼をした。そしてエルランド語で書き上げられた作品をローゼリアがランゲル語に訳して作り上げたのがあの小説だった。


 作家が平民ということもあり、作家の言い値でも原稿料が大してかからなかったので、こちらも初期費用をかなり抑える事が出来た。


 ローゼリアにとっては趣味と実益を兼ねた商売だった。


「年の差夫婦の物語とは、また今回も思い切りましたね」


 クレッグは紅茶を飲みながら苦笑いを浮かべる。


「ええ、年の差と言ってもウチのように30歳も離れているのではなくて、12歳差に致しますの。貴族では珍しくない年齢差ですわ。作家の方には年上男性の包容力を描いて下さるようにお願いしましたわ。最初はモデルが私と伯爵様かと思われて興味本位で購入される方もきっといると思いますの。これくらいの事をしないと注目されませんし売れませんもの。そもそも小説というものはフィクションですのよ。伯爵様からも作品を見て問題が無ければとお許しも頂けましたし、読んでみたら主人公も主人公の旦那様も私と伯爵様とは全く違うと分かりますので問題ありませんわ。今回も紙版の小説での反応を見てから豪華装丁版の検討が出来ればと思っていますの」


 そう言いながらローゼリアはころころと笑う。


 クレッグは最初の発行部数と、写本をしてくれる職人の数を計算し始める。先日出した本は当初の予想以上に売れたので、卸せる本の冊数が足りなくなってしまう状況になってしまったので、今回はもう少し発行部数を多めに見積もる予定だった。

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