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27 真実の愛の便乗品

【ヘンリックside】



「ヘンリック様、実は私、欲しい本がありますの」


「本?マリーナが本を欲しがるなんて珍しいな。せっかくだから買えばいい」


「ありがとうございます!実はヘンリック様がそう言って下さると思って買ってしました!」


 そう言ってマリーナは背に隠していた皮張りのしっかりした装丁の本をヘンリックの目の前に出す。


 本の題名は「真実の愛」と書かれていて、赤茶色の皮張りの表紙には半球状に丸く磨かれた青色と緑色の小さな宝石が2つ埋め込まれていて、タイトルの文字を飾っていた。


「詩集か?本に宝石が埋め込まれているなんて珍しいな」


「いいえ、こちらには私とヘンリック様のことが書かれていますの」


 マリーナはいささか照れた様子を見せて、本で自分の顔を隠す。


「どういう事だ?本を見せてみろ」


 そう言ってヘンリックはマリーナからずっしりと厚い書籍を受け取るとパラパラとページを捲り始める。


 皮の表紙の次のページには、木版画で刷られた中表紙だった。彩色もしてあり、タイトルの飾り文字の図案も皮の表紙よりも令嬢が好みそうな装飾性が強いもので、マリーナが気に入ったのも分かる気がした。


 中表紙のタイトルの下には異国の服を来た男女の絵が精密に描かれていた。異国といってもランゲル人にとってであって、ヘンリックはそれがエルランド風の衣服だとすぐに気付いた。


 イラストが美しかったので、ヘンリックは最初画集かと思ったのだが、ページをめくると文字がぎっしりと書かれており、その本が画集ではなく読み物だと分かった。


 こんな見た事も無い本にどのような事が書かれているのかが気になったヘンリックは、本の内容を知るためにパラパラとページを捲りざっと目を通す。


 本の始まりは『昔々、どこかの南の国での物語』と書かれてある。小説のようだが自分たちの事が書かれているというのはどういう事だろうか。もしも自分やマリーナを批判するような内容だったらすぐに発禁処分にしないといけない。


 物語の内容はどこかの国の王子とその国の子爵令嬢との恋愛物語だった。王子と子爵令嬢が夜会で運命的な出会いを果たすが、王子には侯爵家令嬢の婚約者がいる。二人は悩みながらも秘密裏に愛を育むがやがて二人の関係は侯爵令嬢に知られてしまう事となる。


 しかし、二人の深い絆を知った侯爵令嬢は2人こそ真実の愛で結ばれるべき運命の恋人同士だと2人の恋を応援し、添わせるために国王を説得し始める。


 王子と侯爵令嬢は国の利益に繋がる政略結婚なので、国王はなかなか首を縦に振らないが、侯爵令嬢は熱心に国王を説得しようとする。


 そんな時に先代の国王の治世から小競り合いの多かった隣国から書簡が届き、国と国の同盟を結ぶ為の政略結婚を持ちかけられる。


 国王には王女がいなかったが、書簡の内容を父親から聞かされた侯爵令嬢は、自分にも王家の血が入っているからと、自ら隣国に嫁ぐと申し出るのだった。


 侯爵令嬢の献身に心を打たれた国王は王子と子爵令嬢の婚姻を認め、子爵令嬢はその国の王妃として王子と共に末長く国を治めていくのだった―――。


「なんだ、この内容は?それに挿絵がやたらと多いな」


 この小説は各章ごとに表紙があり、中表紙のように彩色はされていなかったが、とても美しいイラストだった。ランゲルではあまり見ない絵柄なのが、更にに読み手の心を惹きつけるのだろう。


「ここに登場する王子と子爵令嬢はまるで私とヘンリック様のようではないかと令嬢たちが噂をしていますのよ」


 マリーナは本を抱きしめながら嬉しそうにヘンリックに話す。


 マリーナとの婚約の経緯を支持されるように、ヘンリックは王都の劇場で王子と伯爵令嬢の恋愛を題材にした演劇をいくつか上演させた。それにヴィルタ家では歌を作らせて王都や近隣の街の酒場で歌わせるようにしたと聞いた。


 どちらも共通しているのが二人の関係は真実の愛として結ばれたもので、劇では王子の元の婚約者は実は魔女だったという設定のものと、元婚約者は人間だが性格がとても悪いという役どころにしていた。


 歌の方はただ王子と伯爵令嬢の恋を応援して称える歌詞で王子の婚約者については一切触れない内容だった。


 この本も内容は王子と子爵令嬢は真実の愛というのは劇と歌とも共通しているが、元婚約者の侯爵令嬢は2人の愛を支えるという物語になっている。


 小説といえば冒険物の方が好きなヘンリックにとっては好みの本ではなかったので、物語としては全く面白くはなかったが、この内容なら王家もヴィルタも文句を言うところは無い。劇や歌に便乗して売れる事を目的として書かれたものだろうが、ヘンリックは一応この本の出所を確かめるように側近に指示を出した。




 ◆◆◆




 数日後、側近より上げられた報告書を読んだヘンリックは眉を顰める。


「あの小説はオルコット商会が作っていたのか」


 オルコット商会といえば、ヘンリックにとってはすっかり記憶の隅に追いやっていた元婚約者の嫁ぎ先だった。


 調べたところによると、あの小説はヘンリックが本の存在を知るより数カ月も前から出回るようになったらしく、最初はオルコット領で作られたと思われる麻紙に書かれた文字だけの小説だったらしい。


 紙で書かれた小説は平民の商家の嫁や娘から低位貴族へと読まれるようになり、ある程度知られるようになってから、あの皮張りの豪華な装丁の本が高位貴族向けに売られるようになったと報告書には書いてあった。


「ローゼリアは何か企んでいるのか?」


 ヘンリックはフォレスター家を罠にかけて婚約破棄に持ち込んだ。彼らに恨まれている可能性が高い事を思うと次に待っているのは何かしらの報復だろう。


 報告書を作成した者もその点を気にしていたようだが、今のところオルコットに不信な動きは無いと書かれてあった。


 あの小説に登場する侯爵令嬢は二人の恋を応援し、祝福するという人物設定になっている。王子の元婚約者が善人として描かれているあの小説を出す事はローゼリアにプラスに働く。


 今は伯爵夫人に収まっている彼女は次のシーズンには社交界に復帰するだろうから、それまでに自身のイメージアップを狙っているのかもしれない。

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