23 誇りと意地
オルコット領から王都までは馬車で3日ほどかかる。前回の時は伯爵も一緒だったので3人で馬車に乗ったが、今回はイアンと2人きりの旅となる。イアンとの長旅は2度目だが、あの時のイアンは馬に乗って外にいたが、今回はローゼリアと一緒の馬車に乗っている。
森で迷子になった日からイアンの態度が軟化して、挨拶程度ならするようになったからか、ローゼリアはイアンと一緒の馬車旅でもそれほど苦痛に感じていなかった。
イアンは傍らに剣を置いてはいるが、服装は騎士のような出で立ちだった前回と違い、ジャケットの下はスラックスに白シャツとラフな格好をしている。王都に近づいたら貴族らしい格好をすると話していたので、ローゼリアも厚手のコートの下は冬用の厚い布地で出来た簡素なワンピースを着ていた。
「伯爵様からイアン様が最近は領主教育を熱心にされていらっしゃるってお聞きしました」
「8歳も年下の令嬢に仕事をきちんとこなせともう怒られたくはないんで」
つまらなさそうに外の景色を眺めていたイアンがぽつりと呟いた。
「あら、私の言葉はしっかりイアン様に届いていらっしゃったのね、ふふふ」
ローゼリアの言葉にイアンは片方の眉を上げる。
「俺、こう見えて負けず嫌いなんです」
「いいことだと思いますわ」
そう言ってローゼリアは貴族らしい微笑みを浮かべる。
外の景色を見ながら話していたイアンがちらりとローゼリアを見る。
「企画書、ちゃんと読みました」
「読んで下さってありがとうございます。イアン様から見てどうでしたか?」
「正直なことを言うと俺にはよく分かりませんでした。俺は本なんて読まないし、女性の化粧品の事なんて全然わかりませんから。ただ思ったのは、今回のことが上手くいったらあなたはオルコット領に必要な人となるのだと感じました」
「私が起こしたのはただの企画ですわ。実際に商いとして動いていくのはオルコット商会の方々とイアン様にしていただきたいと思っていますの。それと本の方は一時的な売り上げにしかならないでしょうから、そこで得た利益は美容液作りの資金に使っていただければと思っていますわ。もしも美容液が成功しましたら、これからのオルコット領の新しい産業になりますから、イアン様には頑張って頂きたいと思っていますのよ」
「本の方はあのような内容でよろしいのでしょうか?あれは、その…、あなたにとっての醜聞なのでは?」
「ええ、それも承知の上での事ですわ。家が没落した時にローゼリア・フォレスターの貴族としての華々しい人生は終わってしまいましたわ。落ちるところまで落とされたのですから、これ以上は落ちようもないでしょう。それにもう既にお芝居や歌の題材にされているのですから今さらですし、何か言われましても、あれはただの物語ですわと言い切ってやりますわ」
「お強いですね」
「エルランドでは私の家族が頑張っていますの。ランゲルではフォレスターは終わったと思われていますが、この地でなくてもフォレスターは立派に立ち上がって見せますわ。だから私もフォレスターの一員として意地でもここで頑張っていきたいと思っていますの」
「あなたは今でもご自分をローゼリア・フォレスターと思われているのですね」
「ごめんなさい。嫁ぎ先であるオルコットの為にも何かしたいと今は一番に思っていますけれど、私の根元にはフォレスターとしての誇りがあって、それがあるからこうやって頑張っていけますの」
「あなたを見ていると、貴族といのは本当に家というものを大切にしているのだと痛感します。俺もあなたのお陰でオルコットが大切だと少しずつ思えるようになってきました」
「まあ、それは素晴らしい事ですわ。オルコット領はこれからもっと素晴らしい領地になっていけると私は思いますもの」
「俺たちの頑張り次第って事ですか」
「ええ、その通りですわ。今回の事が成功しましたらオルコットは貴族社会で以前より注目される家になるでしょう。次期当主となられるイアン様にも頑張っていただかないといけませんわ」
「オルコットは目立たない家門だと思っていましたが、先日商いの話を聞いて義父上は目立たないようにしていても実は野心家だと思いました。もちろん良い意味でですが。俺はこれまで剣の鍛錬ばかりで何もしてきていませんでしたが、あなたがいるのでしたら当主としてやっていけるような気がします」
イアンはローゼリアをじっと見つめる。
「私、自分の中で目標を持っていますの」
「目標ですか?」
「今は私もこうしてご一緒させていただいておりますが、数年後にはイアン様お一人でも事業や領地運営が回るようにお手伝いをさせていただきたいと思っていますわ」
決意に満ちた表情を浮かべながらローゼリアは熱く語った。
「……あなたはブレない方ですね」
イアンはため息をひとつ吐いてから諦めにも似た苦笑いを浮かべる。
「ええ、私譲れないところは絶対に譲りたくないと思っていますのよ」
そう言いながらローゼリアはホホホと貴族然として余裕の笑みを浮かべるのだった。