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悪役令嬢もののWeb発小説の世界に転生したら僕が聖女の兄で、悪役令嬢から王子を奪った妹がざまぁされそうになっていた  作者: 丹羽夏子


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第7話 ヴァルトラウトこそ聖女なのではないかと思うような優しい顔で

 ヴァルトラウトの街は城壁に囲まれている。


 もともとはヴァルトラウトが地属性の魔法を使って作った急ごしらえの土壁だったらしいが、最近切り出した石を組んでより本格的なものに作り替えているらしい。


 いつかはかつて辺境と呼ばれていた地域全体を包み込む壁も作って二重にしたいそうだが、まだ魔獣が徘徊している土地もあること、石組みを作るための予算集めが間に合っていないことから、警備の私兵を配置するのにとどまっているという。


 その、市街地を包む建設途中の城壁とより多くの地域を含む境界線の間に、その森はあった。


 街道は馬で移動してきたが、鬱蒼と茂る森の中に馬で入るためには、相当な技術が必要になる。

 生徒会メンバーは一応乗馬のスキルも磨いてはいるものの、途中で道がなくなったこともあり、案内のために一緒にここまで来た村人たちの忠告で、しぶしぶ馬からおりた。そして、村人たちのうちの一人に馬を預けることになった。


 もともと騎士のマテオだけは障害物を乗り越える訓練もしているそうだが、彼一人だけ馬で他の面々は全員徒歩というのも、微妙な話である。


「自分がアリスを乗せて移動しましょう」


 彼は主君のエルンストにそう提案したが、当然受け入れられるはずがない。アリスもさすがにここまで来てエルンストの目の前で堂々と浮気するわけにはいかない。アリスは虚勢を張って「自分の足で歩きます」と宣言したが、先ほどから木の根などにつまずいているので危なっかしいことこの上ない。


 一方、ヴァルトラウトは堂々としたものだ。革の胸当てを身につけ、丈の長いマントを羽織り、腰に剣をさげた彼女の姿は、正直かっこよかった。

 聖女の魔法をあてにして遠足のような状態でやってきた他五人――屋敷の中で何を用意すればいいのかわからずまごついたセシルも含んだ人数――とは違う風格である。

 作者、何か書いておいてくれよ……挿絵のないシーンでの装備は説明を省かれると何もわからない。


 鳥や動物が騒ぐたび、アリスはびくびくとおびえてエルンストにしがみついた。エルンストは兄のような目で――セシルの役割を奪いながら――アリスを見つめ、なだめていた。


 そんな二人の間にはほぼモブと化した男三人が割り込む余地はない。


 ローレンツがぼそっと「僕は何をしに来たのだろう」と呟いたが、ともすればセシルまで同じ気持ちになってしまいそうである。


 いけない。セシルには重大な使命がある。原作と同じ展開になった時に、ヴァルトラウトが動く前に自分がアリスをかばう、という使命だ。


 原作どおりの展開にさせてはいけない。

 とにかく、原作とは違うなんらかの行動を取って、未来を変えなければならない。


「こちらです」


 村人の一人が、大きな木のうろを指し示した。


 薄暗く、湿っぽく、つる状の植物やこけに覆われた大木と大木の森の中である。その木も、まるで洞窟の入り口のような口を開けてそこに立っていた。


「中に入るの?」


 アリスが不安げな声で言う。


「嫌な予感がするわ。やめたほうがいいわよ」


 これはアリスの聖女としての勘が言わせている台詞である。実際にこの中に足を踏み入れると魔獣が一気に押し寄せてくる。だが、原作ではここで村人たちに聖女のくせにびびっているのかと煽られ、彼女自身が足を踏み出してしまう。


 セシルは口を開いた。


「そうだね、やめておこう」


 穏やかな、諭すような声を出した。


「それはきっとアリスの聖女としての神の御加護がアリスに危険なんだと伝えているんだよ。アリスが正しい。みんなアリスの言うとおりにしたほうがいいね」


 極限までアリスを持ち上げた。調子に乗ったアリスが得意げに笑って「そう、そうなのぉ」と甘ったるい声を出す。


「ハッ」


 村人のうちの一人が、鼻で笑った。


「聖女様なのに危ないからといって身を引くのかね。ここで何人もの一般人が襲われて危険な思いをしたというのに、聖女様は救ってくださらないんだなあ」


 案の定、アリスはむっとした。


「そうね、わたし、聖女なんだから――」

「アリス」


 セシルは強い声で遮った。


「やめよう」

「お兄様」

「アリスのみんなの役に立ちたいという気持ちはわかったよ」


 あえてそう言って持ち上げ続けた。


「アリスは優しい子だから、みんなが危ない目に遭ったと聞いたら何かしたくなっちゃうんだよね。わかるよ。でもね、本来の聖女の役目は、聖騎士たちに加護を与えたり怪我人の治癒をしたりするものでしょう? いくら浄化の魔法が使えるといっても、相手がどれくらいの魔力を持った魔獣なのかもわからないうちから足を突っ込んじゃいけないよ」


 優しくそう諭すと、アリスの様子がちょっと変わった。


「そうね……ここには騎士はマテオしかいないんだし、マテオは護衛騎士であって聖騎士ではないんだもんね」


 マテオがどことなく気まずそうな顔で「まあな」と呟く。


「こんなことなら普通の愛剣じゃなくて聖別された剣を持ってくるんだったな……。ごめんな」

「ううん……こんなに強い魔力を感じるところだとは思ってなかったし……」


 アリスがおとなしくなった。これはいい感じだ。


「そうそう、ね、アリス、考え直そう。ここは簡単な浄化の魔法だけかけて応急処置をしておいて、後日また聖騎士の部隊を派遣してもらおうね」


 セシルの説得がうまくいったようだ。アリスは「そうね」と頷いた。


「ねえ、帰りましょう、ヴァルトラウト。ここはとても危険よ。わたしの聖女としての力がそう言っているんだから間違いないわ。今からできる範囲で浄化の魔法をかけるから、いったん引いて、作戦を練り直しましょう」


 やった! アリスがまともな聖女らしいことを言い出した!


 ところが――ヴァルトラウトはすっと目を細めた。


「帰りたいなら帰りなさい」


 彼女の凛とした声を聞いて、村人たちの顔色が明るくなる。


「ここはわたくしの領地だもの、わたくしが戦わなくてどうするの。わたくしは一日でも早い自由をみんなにもたらすために存在するのよ」

「ヴァルトラウト様……!」


 せっかくまともなことを言ったアリスが、また、むっとした顔をした。


「あなた一人に危ない思いをさせるわけにはいかないわ! わたしだって、もしかしたら今から強い浄化魔法に目覚めるかもしれないし、戦ってみせるわ!」


 セシルは蒼ざめた。


「だめだアリス、落ち着いて」

「お兄様の弱虫! わたしのこと、子供扱いしてるんでしょう!」


 アリスが木のうろに向かって一歩踏み出す。


「だめだアリス!」

「わたしだって聖女なんだから――」


 苔状の何かを、踏み締めた。


 その時だった。


 ばき、という音がした。何か板状のものが割れたような音だった。


 あたりに燐光が散った。


「セシル、アリスを捕まえろ!」


 そう叫んだのはローレンツだった。今の燐光から魔力の存在を察知したのだろう。彼はモブではなく一流の魔術師だ。そういうことには敏感なのだ。


 セシルの名前が呼ばれたのは、アリスを追い掛けていて、アリスの一番近くにいたからだ。それ以上の何かはない。


 ローレンツは魔法が使えて、マテオは武術が使えて、では、セシルは?


「くそ……っ」


 とにかく、アリスを守らなければならない。


 セシルはアリスを後ろから抱き締め、できる限り引いた。


「シールド!」


 ローレンツがそう唱えると、目の前に光る半透明のバリアが張られた。


 直後だった。


 かろうじて視認できるくらいの速さで、木のうろから大きな何かが出てきた。


 魔獣だ。

 それも熊の形をしていて、体長は百七十八センチという設定のセシルより頭ひとつ分大きい。


 熊型の魔獣の鋭い爪が、襲いかかってきた。


 ローレンツが張ってくれたバリアのおかげで間一髪助かった。

 魔獣の爪がバリアを叩き割ったが、セシルとアリスに怪我はない。


「出た!」


 村人が叫んだ。


「まずい!」

「どうする!?」

「ここは逃げるしか――」


「その必要はないわ」


 次の瞬間、木々に巻きついていた蔓状の植物が、一斉に解けた。

 鞭のようにしなって、絡み合い、緑の網となった。

 その網が、熊型の魔獣に、巻きついた。


 地属性の魔法だ。魔法を使って、植物を操ったのだ。


 この場にいる人間で、地属性の魔法が使えるのは、セシルと――あと一人だけ。


 ヴァルトラウトだ。


 植物の網にからめ取られた魔獣が、その場で暴れる。けれど網は決して破れず、魔獣をしっかりと包み込んだままだった。


「どきなさい」


 涼やかな女の声に反応して、セシルはアリスを抱き締めたままさらに下がった。


 女が――ヴァルトラウトが、腰の剣を抜く。


 剣の刃には呪文が彫り込まれていた。きっと聖典の文句だろう。あれは最初から魔獣を斬るために用意された聖剣だったのだ。


 一瞬の、鮮やかなことだった。


 ヴァルトラウトの剣が、魔獣を一刀両断にした。


 魔獣は木々を揺らすような叫び声を上げ、その場に倒れた。


 ヴァルトラウトの強力な魔法、磨き上げられた剣の技術、そしてそれらを操る判断力。


 どれをとっても、見事だった。


 生徒会のメンバーは沈黙してしまった。

 案内してきた村人たちが喜び、ヴァルトラウトを取り囲む。ヴァルトラウトは彼女こそが聖女なのではないかと思うほどの優しい顔で微笑んでいた。



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