第34話 悪役令嬢と聖女の兄がくっついて、めでたしめでたし(完)
『世界で一番大好きなセシルお兄様へ。
お兄様は元気にしていらっしゃるようで何よりです。
北ビュルトブルクにもお兄様があの女とご婚約なさるという噂が届きました。
アリスは絶対許しません。
お兄様はアリスのものです。
アリスの許可なしに勝手なことをしないでください。
あなたの世界で一番可愛い妹アリスより。
追伸:冬至祭の間だけは一時的に王都に帰ってもいいとの許可をいただきました。家族四人で過ごしましょうね!』
「うーん!」
北ビュルトブルクの修道院から届いたアリスからの手紙を読んで、セシルは唸った。
数ヵ月前のセシルだったら泣いて喜んだと思うが、今は不安しかなかった。
今もアリスは可愛い。アリスが帰宅してくれるのは喜ばしいことだ。
でも、今のセシルにとっては、アリスよりヴァルトラウトのほうが可愛い。冬至祭はヴァルトラウトと過ごす気満々だったのである。
つまり、妹であり妹でしかないアリスは邪魔だ。
ナタニエルの幽閉とエルンストの追放撤回が決定されて、かれこれ一ヵ月が過ぎた。
エルンストはまだ王都に戻ってきていないが、迎え入れる準備は整ったところだ。
そんな最近のセシルは、ポジティブの権化のような男になっていた。
エルンストは帰ってくる。ザカリアスとも連絡が取れる。
そして何より、ヴァルトラウトとの婚約が決定した。
ヴァルトラウトとセシルの交際はあっと言う間に大勢の人間が知るところになっていた。しかし二人はなんら恥じることなく堂々としていた。常識知らずだと罵られるのであればそれでもいい。二人は世界が破滅しても二人でいることを選択したのだ。
だが、この世には、ヴァルトラウトの次に、否、もしかしたらある意味ではもっと強い気持ちでセシルを愛している人間がいる。
セシルの両親である。
セシルの父親であるカーティヤ伯アルベールが即行フレデリク王に奏上して、王族であるヴァルトラウトの降嫁を求めたのである。
アルベールはフレデリク王の寵臣である。王は彼を他の誰よりも信頼しており、その息子のセシルのことも可愛がってきた。
セシルが外国に出ていく予定はない。また、政治的に王と対立する予感もない。何より宰相令息である。
加えて、ナタニエルの謀反を阻止した功績もあった。
「それに、愛し合う二人を引き裂くとろくなことにならぬしな~」
長男で大失敗した王は二つ返事でよしとされたらしい。
こうしてセシルとヴァルトラウトは国公認カップルとなり、人目をはばからずに逢瀬を重ねているのであった。
世界はすっかり紅葉していた。セシルが壁ドンならぬ木ドンした街路樹も黄色くなっている。
その街路樹と街路樹の間にあるベンチに座って、セシルとヴァルトラウトは並んで昼食を楽しんでいる。
「アリスからこんな手紙が来たよ」
セシルはあっさりヴァルトラウトにアリスからの手紙を見せた。二人の間には何の隠し事もない。すべてが筒抜けだ。
しかしそれでいいと思っていた。
ヤンデレとヤンデレの間に秘密事ができると無理心中をする、というのが、二人の共通見解だからである。
二人は常に理性と感情のはざまで葛藤する社交的で常識的なヤンデレなのであった。
ヴァルトラウトが手紙を受け取った。さらっと目を通す。そして、はっと鼻で笑い、悪い顔をする。悪役令嬢の顔だ。
「その挑戦、受けて立ってやるわ。アリスのような小娘に負けるわたくしではなくってよ」
女のバトルが始まる。たぶん第三ラウンドくらいである。しかしもはやヴァルトラウトが負ける見込みはない。ザカリアスからヒーローの座を奪ったセシルがヒーローとしてヒロインのヴァルトラウトを全面的にバックアップするからである。
「でも冬至祭のスケジュールは考え直そうかなと思うよ。あんまりあなたにべったりで婚前に不純な交際をしていると思われるのも嫌だからさ」
それも偽らざる本音だ。
「真面目ね。まあ、あなたの宰相令息という立場上仕方がないのかしら」
「いっそのことエルンスト殿下が主催でパーティを開いてくれないかな。夜通し学園の仲間と騒いでさ」
「わたくし、そういう場があまり得意ではないのよね。あなたは陽キャだからいいかもしれないけれど」
そして、「でも、そうねえ」と呟いてうつむく。
「そうは言っても、わたくしもクリスマス――ではなかった、冬至祭をあなたと過ごすのにどういうプランを立てたらいいのかわからないわ……。男性と二人きりだなんて……結婚もしていないのに……」
ぶつぶつ。
「ユウカも由良みかんも喪女のまま死んだから、男女交際とは何か、何の知識もない……原作知識も前世知識もない。詰みです」
「もじょってなに?」
「その……彼氏いない歴年齢と申しますか……恋愛に興味はあるけれど縁がないというか恋愛に興味があるくせにないふりをしているというか……まあ……その……人生で一度も恋人を作れなかった女のことです……はい……」
納得して「なるほど」と頷く。
「それはそこまで深く考えなくてもいいんじゃない? 前世の僕も童貞のまま死んだし」
「な、なんと心強い言葉が……!」
「勉強と妹以外に興味がなかったもので、あまり気にしてはいなかったけど」
「……くっ……恋愛に興味があっても恋愛できず劣等感に苛まれながら死んだ我々はどうすれば……っ」
セシルは「純情なんだねえ」と言ってからっと笑った。ヴァルトラウトは真っ赤な顔をしてうつむいた。
「今はまだ十代だし、正式に結婚するまではもろもろのことがおあずけだね」
それはセシル自身が自分に言い聞かせていることではあったが、ヴァルトラウトは「真面目ね……」と呟いて感動した顔を見せてくれた。
「この先の展開はどうなるかわからないものね。もう原作はなくなった。これから先にシナリオはないわ」
明るい顔で、笑う。
「わたくしたち、解き放たれたのだわ。これから先は、自分の意思で生きていきましょう。なぞるべき展開はない。物語の正解ではなく、自分たち二人の将来のためだけの正解を、考えて生きていきましょう」
セシルも、大きく頷いた。
「そう、セシルに話したいことが」
「なに?」
ヴァルトラウトが、かたわらに置いていた自分のバッグを手に取る。
「パソコンもスマホもタブレットもないから、だめなような気がしていたけれど」
中から、一冊のノートが出てきた。
「古式ゆかしい形で、万年筆で書くことにしたわ」
「何を?」
「小説よ」
彼女は幸せそうに笑った。
「わたくし、また、書きたいものを書こうと思って。最近一から構想を練っているの。もうふくすべの呪縛から解き放たれたから――そうね」
セシルもつられて笑顔を作った。
「由良みかんではなくて、ヴァルトラウトが小説を書くのよ」
「いいね」
ヴァルトラウトがノートを差し出す。セシルは受け取りながら「見ていいの?」と訊ねた。
「あなたに読んでほしいわ。あなたが最初の読者になってくれないかしら」
「もちろん、喜んで!」
心が温まってくる。
前世のセシルも今世のセシルも、読書が大好きだ。だが自分で新しい物語を一から作ることはできない。物語を作るというのは才能だ。読むという行為は、その才能に触れる行為だ。こんなにもありがたいことはない。
「ちなみにどんな話?」
予想外の答えが返ってきた。
「悪役令嬢の話」
「えっ? それって売れ筋狙いのウケ狙いなんじゃなかったの? 本当に書きたいのは戦記のハイファンタジーなんじゃないの?」
「悪役令嬢で戦記を書いてはだめなんて決まりはないわ」
その声が、力強い。
「異世界転生した悪役令嬢がメインヒロインのせいで没落しかけていたヒーローの王子を救い、彼を立派な王様にするまでの物語を書くわ。前世で勉強していた歴史や政治の知識を使ってキングメーカーになるの。この物語は、王を育てる政治の陰謀の物語なのよ。どう思う?」
「おもしろそう!」
セシルがそう言うと、彼女はノートごとセシルを抱き締めた。そして、「大好きよ」とささやいた。
「わたくし、あなたのことを愛しているわ。こんなにもわたくしのことを理解してくださるのはあなただけ。今のわたくしにとって一番大切なものはあなたとのこの関係よ」
セシルも彼女を抱き締め返しながら、「ずいぶん情熱的なことを言うね」と耳元で言った。
「コミュニケーションを取れない奴は死ぬって、創作あるあるなので……」
「……うん……」
「わたくし、何度でも言うわ。何度でも、何度でも。ずっとずっと、あなたが好き」
彼女に顔を上げさせ、見つめ合う。
「僕も毎日言うね。あなたと顔を合わせるたびに言うね」
そして、唇を重ねる。
「愛している」
<終わり>




