第33話 セシルは絶対わたくしのことが好き
セシル、ヴァルトラウト、ザカリアス、そしてエルンストの四人は、学園の敷地内に向かった。目的地は二年生の教室棟の地下、ナタニエルが作り出した転移門だ。
ザカリアスは立場上長時間パルカール王国を離れることができない。
今も、反乱軍の残党の掃討の片づけとエルンストの慰労のためにヒルデリア地方にいることになっているらしい。
こんな派手な事件に居合わせてそこそこ重大な役割を担ったので、オルファリアの王城に姿を見せたことをごまかすことはできないだろう。
しかしその時はその時だと、彼は言う。
「ナタニエルが謀反を起こそうとした件を俺が未然に防いだ、というのは、悪い話ではないからな。こちらの国内でもオルファリアの国家転覆をもくろんだ勢力があったわけだから、俺の行動を通じて、パルカールの政治的幹部にはそういう意図はない、というのを主張できればいいのだが」
そんなザカリアスの言葉を聞いて、セシルは、いいなあ、と思った。ザカリアスは政治のど真ん中で権謀術数を駆使して戦っているのだ。一方セシルはまだまだ子供で、学生で、宰相令息でしかない。職位も爵位もない。
「僕は無力です」
そう言ったセシルの肩を、ザカリアスがばんばんと叩いた。遠慮がない。痛い。
「まだ十七だろ。気にするな。十七の頃の俺なんて父の許可がなければ城にも入れてもらえなかったぞ」
「え? 城? 王太子なのに?」
「知らなかったか?」
彼は『冷血王子』だの何だのという二つ名からはまったく予想できなかった笑顔で語り出した。
「俺は王の愛人の子で、認知されてはいたが生まれつき疎まれて、母とともに城下町で暮らしていた。馬鹿にした連中を見返してやりたくて独学で騎士見習いになって、王への忠誠心なんて微塵もない状態で騎士団に入って、脳味噌まで筋肉みたいな状態で二十歳を迎えた」
意外な生い立ちだった。
「弟がいて、な」
ザカリアスが視線を落とす。
「こいつは正妻の息子で、正真正銘の王子様だ。だが……、体が弱くて」
ずきりと、胸が痛む。
「喘息でずっと寝ついていて……。運動すると咳が出るから安静にして、安静にしすぎて体力が落ちて、体力をつけるために運動するとまた咳が……を無限に繰り返して、もう何年もベッドから動けない」
ありすのことを、思い出した。
「パルカールは騎士の国だ。王たる者は将たる者。剣を握るどころか部屋からも出られない弟に王位を継承する資格はない。そこで白羽の矢が立ったのが、健康だけが取り柄のような、頑丈な俺だった。だから……、俺は高貴でも何でもないんだ」
恋愛小説のメインヒーローは不遇な生い立ちゆえに心を閉ざしていて、メインヒロインへの愛に目覚めたことによって人間らしい感情を手に入れるものである。ザカリアスにもそういう王道設定があったということか。
「俺は弟が可愛い。いつも健康であってくれたら一緒に活動できたのにと思っている。だから、健康な若い男を見ると弟と重ねて嬉しくなってしまって、兄貴面して過剰に親しく振る舞ってしまいがちだ。お前もエルンストも、俺が距離感をおかしくしていたら悪かったな、そういう理由がある」
やっと納得した。初日からお前呼ばわりで頬をつままれたのは、彼なりの愛情表現だったのだ。それくらい許してやればよかった。
「僕も兄が欲しかったので構いませんよ」
嘘偽りのない本音だった。今世のセシルは親がアリスを引き取るまで一人っ子だったし、前世のセシルもありすと二人だったので、男兄弟がいない。兄や弟はあこがれの存在だ。それにザカリアスは頼りがいがありそうだった。オルファリアの将来にとっても大きなプラスの存在になる。
ザカリアスがセシルの頭に手を突っ込んで髪をめちゃくちゃにした。やはり距離感がバグっている気がするが、目をつぶってやろう。
やがて地下室にたどりつき、転移門の目の前に来た。ヴァルトラウトが魔法で転移門の情報を書き換えたので、ヴァルトラウトの手の平の生体認証で扉が開いた。つながった先は真っ暗な森の中だったが、すぐ近くに木の板で囲まれた集落と思われる建物群があり、門にはこうこうとかがり火が焚かれている。ヒルデリア地方のどこか人里だろう。
「私は東ヒルデリアで後片づけをしてから王都に戻るよ」
エルンストが言った。
「今すぐ荷物をまとめて逃げるように帰る、なんてみっともないことはしない。きちんと自分がしてきたことを整理して、現場の人間に挨拶をして、恥ずかしくない態度で堂々と王都に戻る。マテオも連れてきてやらないといけない」
「それがいいです」
セシルは微笑んだ。
「殿下がお戻りになられるまで、僕はずっとお待ちしております」
そんなセシルを、エルンストが強く抱き締めた。ザカリアスといいエルンストといい、今日は年上の男性にスキンシップを強要される日である。
「アリスにとって恥ずかしいパートナーでないようにしないとね。いつかアリスを迎えに行けるように、しっかりするよ」
「はい、よろしくお願い致します」
「アリスといえば」
ザカリアスが間に入ってくる。
「オルファリアの聖女だったよな? 男たらしの性悪だが魔法の才能があるという」
正しい情報が流れている。
「はい、僕の妹でして……血のつながりはないのですが、父が養女として引き取ったので、紙の上では僕らは兄妹なんです」
「できれば近々にパルカールに派遣してもらえるよう頼めないか?」
予想外の言葉だった。
「アリスをパルカール王国に、ですか?」
「パルカールには聖女がいない。辺境の魔獣を討伐する手段が限られている。今回エルンストとつながったことで聖剣のつくり方や簡単な浄化魔法は教わったが、力が強い人間が一気に薙ぎ払ってくれないと、開発が終わる前に俺の寿命が尽きる」
「アリスに仕事をくださるんですか!?」
「そうだ」
ザカリアスがにやりと笑う。
「世界を股に掛けた大仕事をしたら多少は名誉を回復できるんじゃないのか?」
なんと、彼はアリスにワールドワイドな活動の場を与えてくれるというのだ。
感動した。
どこまでもついていきます。
「キング・オブ・キングス……アンド・ロード・オブ・ローズ……」
英語の概念がないザカリアスとエルンストはきょとんとしているが、ヴァルトラウトが「ハレルヤ~」と歌ってくれた。
「じゃあな」
転移門の向こう側に、ザカリアスとエルンストが踏み出す。セシルは大きく、ヴァルトラウトは控えめに、手を振った。
「お元気で! またすぐお会いしましょう!」
「ああ! セシルもヴァルトラウトも、冷えてきたから風邪をひかないように!」
転移門の扉を、ゆっくり、閉めた。
後に残ったのは、セシルとヴァルトラウトの二人きり。
でも、不安も緊張もない。今は、穏やかな気持ちだった。
「これでなんとかなりそうね」
「よかった、本当によかった」
ほっと、顔を見合わせてお互い笑みを交わす。
「では、わたくしたちも家に帰りましょうか」
「そうだね、送るよ」
階段を上がり始めたその時、セシルはザカリアスの言動を思い返しながら、ふと、あることを思い出した。
「そういえば、ヴァルトラウト、ザカリアスへの手紙に僕のことを書いたんだって?」
ヴァルトラウトの足がぴたりと止まった。
「なんて書いたの?」
「ざ……ザカリアスは何も言っていなかったかしら」
「言わなかったよ。人の手紙の内容を気にするのは下品だと言われた。その時は、そうだな、と思ったんだけど、その……」
ちょっとうつむく。
「ザカリアスと手紙のやり取りをしていたということ自体が、なんかこう、嫉妬してしまったもので……。僕はヤンデレなので手紙の内容も全部知りたいです」
ヴァルトラウトが、「ふふ、ふ……」というぎこちない笑い声を絞り出す。
「その……、わたくし、早まって……」
「早まって……?」
「わたくしは立場上まだおおやけにできませんが宰相閣下のご令息と将来を誓い合った仲ですので応援を頼みます、と……書きましたわ……」
セシルは天を仰いだ。まさかザカリアスがセシルと会う前からセシルとヴァルトラウトがそういう仲であることを知っていたとは思わなかった。
「待って。その頃まだ好きとか愛してるとかお互いに言ったことなくない?」
「ない……わね……うふふ」
「ちょっと、なに勝手に外堀埋めてるの!?」
「でもセシルは絶対わたくしのことが好きだし、そうでなくてもわたくしのことを好きにならせてみせると思って……うふふ、ふ……」
「うふふじゃないよ! もう!」
まあいいけど、思い返せばきっともうあの頃には自分も彼女が好きだったのだ、と思い直す。
「ヤンデレはわたくしよ……わたくしは重い女よ……」
「まあ……、いいよ。重めに行こう。バッドエンドにならない程度に共依存の閉じた二人きりの世界で生きていこう」
「うふふ、セシル、大好きよ」




