第31話 あなたのそういうところ、すごく素敵
「さて。いつまでもこうしてばかりはいられない」
ヴァルトラウトがすっくと立ち上がった。
「ナタニエルをやっつけるわよ」
セシルも一緒に立ち上がり、「やっつけるって?」と問い掛ける。
「とにかく国を平和にしましょう。わたくしが女王になるかどうかはもうこの際どうでもいい。あなたが平和を望んでいる。今のわたくしにとって大事なことはそれだけよ」
心強い。チートぎみのヴァルトラウトがそう言ってくれると頼もしくて、なんとかなるような気がする。
由良みかんには申し訳ないが、セシルは心から流血沙汰や政治的混乱を憎んでいる。
今セシルの目の前にいるのはヴァルトラウトであり由良みかんではない。それを胸に刻んで、彼女を信じて次の行動を考えよう。
「そのために、ナタニエルをのす」
「のす」
「権力や兵力を持たせない。お父上のフレデリク陛下の力が強い今のうちにこてんぱんにするわ」
そう言いながら、彼女は扉のほうに向かった。
扉の光は消えかけていた。術者であるナタニエルが遠ざかったからだろうか、力が弱まっているに違いない。
それが、ヴァルトラウトが触れた途端、輝きを取り戻した。
「やはりおもに闇属性の魔法が使われているわね」
「触っただけでわかるの?」
「ええ、だいたいどんな魔法で構築されているかわたくしにはわかるわ。王族には本来それくらいの力が備わっているものだし、追放されていた期間に独自に研究を積み重ねたこともあって、お子様のナタニエルが作り上げた詰めが甘い構造物なんて簡単に乗っ取れる。それに、悔しいけれど、わたくしの中には設定を考えた由良みかんの記憶もあるので」
もうヴァルトラウトと由良みかんを同一視するのはやめよう、と思うと同時に、由良みかんの原作知識のおかげでチートができるのだと思うと、やはりここは素直に感謝したい。
「魔法を解除すれば壊せるのかな」
ヴァルトラウトに歩み寄りつつ、そう訊ねた。
彼女は「やろうと思えばね」と答えた。
「でももったいないから再利用するわ。わたくしの手の平静脈を鍵として生体認証と致しましょう」
手の平をさらに大きく開いて、扉の表面に改めて押しつける。彼女の手の平の周りの光が強くなる。ナタニエルはナイフで自分の指に傷をつけて血を媒介に使っていたようだが、ヴァルトラウトのようなチートになるとこんなにも簡単に術を更新できる。
「――それでは」
ヴァルトラウトが、把手をつかんだ。
「開けるわよ」
予想外の言葉に、セシルは「え!?」と大きな声を上げてしまった。
「何言ってるの!? だめだよ! その先はパルカール王国の軍事施設につながってるんじゃないの!?」
「そのとおりよ。それは間違いないわ」
「そんなことをしたら学園内にパルカール軍の兵士が雪崩れ込んできて内側から攻め込まれるんじゃ?」
「安心なさい、すでに仕込みをしてあるの」
把手を握ったまま振り返って、にやりと笑う。悪役令嬢らしい、悪い顔だ。
「わたくしは、完全無欠よ」
ヴァルトラウトが、把手を、引いた。
扉が、まばゆい光を放ちながら、開いた。
ヴァルトラウトを信じているとは言っても、やはり不安なものは不安だ。セシルは光のまぶしさに目を細めつつ、爆発しそうな心臓を胸の上から押さえた。
光が、鎮まってくる。
「よお」
光の向こう側から現れた人物を見て、セシルは目を真ん丸にした。
そこに立っていたのは、ザカリアスだった。
彼は前回会った時と変わらぬ仏頂面で仁王立ちをしている。騎士の制服だろうか、分厚い生地で勲章がついた詰襟の服を着ており、肩当てのついたマントを羽織り、腰には長剣を携えていた。
ザカリアスの背後は森になっていた。やや薄暗いが、まだ日がある森の中である。空間は曲がったが時間は曲がっていないらしい。もう何日もこの地下室にいる気がしていたが、まだ一、二時間程度しか経っていないようだ。
森にはザカリアスのほかに何人かの騎士がいたが、みんな剣は革のベルトの鞘に納めたままで、直立不動でこちらを見つめていた。その目に敵意や悪意は感じられない。
「呼び出して悪かったわね」
ヴァルトラウトがそう言うと、ザカリアスが「こちらとしてもおおごとだからな」と答えた。
「お前のタレコミどおり、騎士団の内部にオルファリアと通じようとしている不穏分子があることがわかった。あらかた粛清させてもらった。恩に着る」
粛清、という恐ろしい言葉からソ連のスターリンを連想する。
「今ここにいるメンバーは全員俺の子飼いの部下なのでお前の許可なしにそちら側に立ち入ることはない」
「こちらこそ感謝するわ」
セシルがおそるおそる「あの」と声を掛けた。
「ヴァルトラウトとザカリアス殿下がつながっていたんですか……? 不穏分子ということは、その……」
国家機密だと思ったので言葉を濁したセシルに、ザカリアスが「遠慮するな」と言う。
「ヴァルトラウトからナタニエルが謀反を起こそうとしているという話は聞いている。それを潰すために協力すると約束した。俺からしてもつい先日和平会談を行ったフレデリク王の信頼を損ねるわけにはいかない」
騎士服の前をくつろげ、胸元から親指の先端ぐらいの大きさの鈴を取り出した。ザカリアスが振ると、ちりんちりん、と可愛らしい音を立てた。
「この前そっちに行った時にヴァルトラウトにもらったものだ。これが鳴ったら、信用できる部下を何人か連れてパルカール王国のどこかに出現するであろう転移門を待て、と言われた。幸いなことに俺も闇属性の魔法が使えるので、そちらがつなげてくれればこちらからも応じてつなげることができる。ここは、具体的にパルカール王国のどこなのかは言えないが、俺が予定していたとおりの任意の場所だ」
セシルは思わず「すごい……」と呟いてしまった。しごでき女としごでき男のやり取りである。キスまでしておいてまだヴァルトラウトがザカリアスと結ばれる運命があるとまでは思っていなかったが、自分のように無為無策でナタニエルに体当たりをするようなやつとは格が違う気がしてしまった。
「ここに俺がいることが何よりものナタニエルの謀反の証拠になる。一緒にフレデリク王の御前に出てやろう」
「助かるわ」
ヴァルトラウトが頷いた。
「それに、こちらも証拠を押さえている」
そう言って、彼女は両手の親指と人差し指を使って四角形を作った。先ほどナタニエルがセシルの姿を撮影していたのと同じ仕草、同じ魔法だった。彼女がその四角を横のほうに向けると、そこに壁があったらしく、映像が投影された。ナタニエルとセシルの姿が浮かび上がる。
『ヒントをいただけますか』
『いいよ、許可する』
『その最終兵器は、何に使うものですか? この国は、今、平和なはずです。殿下を脅かすものは何もないはずです。それなのに、兵器とは。何と何を戦わせる気なのですか』
『わかっているくせに、そんな質問をするんだね。もちろん、ぼくが父上と戦うためだ。この扉を開けると、父上を倒すためにあるものがこちらにやってくる』
『外国と、つながっているんですね。パルカール王国の軍事施設ですか』
『正解』
そこで映像が止まった。だが肝心なところはほぼ全部完璧に収録されているといえた。
「ありがとう、セシル」
ヴァルトラウトが柔らかく、優しく、微笑む。
「あなたが真面目で余計なことを言わない性格で助かったわ。ここであなたがナタニエル殿下に迎合してクーデターに賛同するかのようなことを言っていたら、たとえ嘘でも、あなたが陛下に疑われていたかもしれない。それを思うと、わたくしもこの動画は使えなかったかもしれない」
その微笑みは、はにかんでいる、と言ってもいいだろう。
「あなたのそういうところ、すごく素敵だと思うわ。好きよ」
セシルは顔が真っ赤になるのを感じた。急に襲いかかってくるデレを心の中で処理し切れない。
「まあ、そういういちゃつきはあとで二人きりの時にしてもらうとして」
ザカリアスが割って入ってくる。
「とにかく、お前らは先にフレデリク王のところに行って話ができる状況を作ってこい。俺にはまだ少しやることがあるから、遅れていく。それまでこの転移門は開けっぱなしにしておけ」
「やること?」
首をかしげて問い掛けたのはヴァルトラウトだ。
「何か残っている仕事が?」
「ああ、ひとつだけな」
ザカリアスがにやりと笑う。
「なに、お前たちにとって損なことじゃない。たぶんな」
ヴァルトラウトは一瞬考えたようだったが、「わかったわ」と答えた。
「では、わたくしたちは行くわね」
「ああ、またな」
ザカリアスに見送られて、ヴァルトラウトとセシルは階段を上がっていった。




