第24話 あなたは手に入れる価値がある
夜の歓迎パーティは、現代日本で言うところの結婚式の披露宴のような形で行われた。
ザカリアスとフレデリク王が、中央奥のテーブルにつく。
その手前に円卓がいくつか配置されていて、王族に近い貴族や政界の重鎮などが座っている。
セシルは宰相の息子ということで一応会場に入れてもらったが、現時点では何の役職もない。末席も末席、一番出入り口に近いテーブルにいることになった。
同じテーブルのメンバーも伯爵や子爵の子弟ばかりだ。知り合いと言えば知り合いだが、そんなに親しくはない。全員高等魔法学園の先輩後輩の間柄なので、弾む話もないわけではない。だが、基本的には当たり障りのない、たわいない、それでいて腹を探り合うような、社交の場だった。
ふと、これはこれで力を入れて会話するべきなのかな、とも思う。
宰相令息のセシルが今後社交界で生きていくためには、もっと広い交友関係が必要なのではないか。
アリスがいた三年間はひどいものであった。それを取り戻すためにもっとがんばる必要がある、と思う。
それに単純に、友達が欲しい、とも思った。
明るい世界で、生きていきたい。
せっかく、生き残ったのだから。
その気持ちが、セシルに笑顔を作らせる。
この世界に溶け込むためには、どうしたらいいのか――。
「セシル」
隣の席の青年が、下品にもフォークの先で奥のテーブルを指した。王とザカリアスがいるほうである。
「見ろよ。ヴァルトラウト嬢が近づいていったぜ」
十代の男子にありがちな、悪ぶった口調で言った。彼も貴族の端くれなので、家族に見られたら怒られそうなものだが、他人のセシルが余計なことを言って関係をこじらせるのは良くない。人の振り見て我が振り直せ、などと思いつつ、フォークの先を見た。
彼の言うとおり、王とザカリアスの前に、ヴァルトラウトが歩み出ている。
彼女は、綺麗な挨拶を済ませると、テーブルを迂回して、ザカリアスの隣に移動した。そして、腰をかがめて、ザカリアスの耳元で何かを話し始めた。
ヴァルトラウトもザカリアスも真剣な顔をしている。初めて会う親戚としなければならない会話のわりには距離が近い。
何の話をしているのだろう。
猛烈に割って入りたい。
けれど、今のセシルには、何の権力もなく、権利もない。
力が欲しい、と思った。
彼女に並び立つための力が。
「セシル」
不意に斜め後ろから声を掛けられた。
我に返って同卓の面子の顔を見ると、みんな唖然とした顔でセシルの背後を見ていた。
振り返る。
そこに立っていたのは、邪悪なほど美しい少年だった。
長い睫毛が伏せられて、青い瞳に影を落としている。
「ナタニエル殿下……!」
セシルは慌てて立ち上がった。王族の彼が立っているのに自分が座っているというのは失礼ではないかと思ったからだ。それに反応して、同卓の面子も次々と立ち上がろうとした。
「座って」
ナタニエルがほんのり唇の端を持ち上げてそう言った。目元は笑っていないので、不気味な笑顔だった。
「セシルだけお借りするよ。みんなは食事を続けて」
周りが「はい」と頷いて、どうぞどうぞと差し出すようなジェスチャーをする。セシルは身売りにあったような気がして心細くなった。
「こちらについてきてくれる?」
セシルはナタニエルを警戒した。ヴァルトラウトが言うことがすべてなら――すべてに決まっているのだが――彼はこれから悪の道をひた走ってヴァルトラウトに滅ぼされる王になる。今はまだ幼く、その美貌は愛らしくさえあるが、実際にエルンストを東ヒルデリアに追いやった過去もある。
「警戒しないで」
ナタニエルが目を細めた。
「べつに、君を害するつもりがあるわけじゃない。話が終わったらすぐに帰すから、おしゃべりに付き合ってよ」
逆らうことは許されない。相手は王族だ。歯向かっていい相手ではない。
それに、情報収集が必要だ。ナタニエルがどういう人間なのか探っておいて、今後に活かしたい。
彼はまだ十四歳で社交の場には出てこない。一応高等学園の二年生だが、三学年も違うと校舎も離れていることもあって話す機会がない。
今がチャンスだ。
「はい、お供致します」
セシルがそう言って礼をすると、ナタニエルは「ついてきて」と言って踵を返し、歩き出した。向かう先は会場の出入り口だ。セシルは脈が早まるのを感じながらも冷静を装った。
先回りをして、出入り口の大きな扉を開けて待つ。
ナタニエルは一応「ありがとう」と言ったが、そのままの歩幅、そのままのスピードで歩いていて、まるで自分のために扉を開けてもらうのは自明のことだと言わんばかりである。
会場からすぐのロビーのソファに、ナタニエルが腰をおろした。
まだパーティの時間中であることもあってか、ロビーには人影が少ない。警備の兵士たちが少し離れたところに立っているだけで、ほぼナタニエルとセシルの二人きりのようなものだった。
「ねえセシル」
まだまろやかなボーイソプラノが話し掛けてくる。
「ザカリアスのこと、どう思う?」
「どう、とは?」
「ぼくは彼のことが気に入らないな。オルファリアよりパルカールのほうが上であることを突きつけられている気分になる」
セシルはぎょっとした。
周りを改めて見回す。誰かが聞いている雰囲気ではない。
そんなセシルの様子を見て、ナタニエルがふと笑った。
「大丈夫だよ。ぼくが人払いをしておいたから」
すでに手回しを済ませていたところだったのだ。
「君の本音を聞きたい」
足を組み、両手の指も組み合わせる。そんな仕草はエルンストに似ている。
銀の髪、青い瞳、高い鼻、足を組んだ姿勢、二人が兄弟であることを示す要素はたくさんあるのに、セシルの心はナタニエルに惹かれない。それほどエルンストに心酔していたということか。それとも、ナタニエルとエルンストの何か、どこかが決定的に違うのか。
だが、だからと言って気圧される必要はない。
相手は三個も年下の子供だ。
それに、本当に彼が王になるのであれば、セシルは家臣の一人としてあるべき姿を追求したほうがいい。
ヴァルトラウトを女王にする、そのために王になったナタニエルを倒す、という流れは、頭には入っている。
けれど、セシルが、予定外に生きている。
この先も、予定外のことが起きるかもしれない。
万が一に備えて、つじつま合わせに奔走しなくてもよくなるよう、セシルは素直に生きることにした。
人間として正しい姿を、体現することにした。
三つ年上の人生の先輩である家臣が、三つ年下のまだ幼い王子に対して取るべき態度とは、何か。
「いえ、殿下」
セシルは毅然とした声と姿勢で言った。
「これから我が国とかの国は対等な関係で外交を行います。相手国の使者である王子を中傷するようなことがあってはなりません」
導かねば、ならない。
もしかしたら、彼も破滅することなく違うエンディングを迎えられるかもしれない。
その時に、彼にも、生きていてよかったと思ってほしい。
セシルが臣下の者として彼の身を案じた瞬間があったのだということを、おぼえていてほしい。
「ナタニエル殿下は将来この国の王となるお方。ザカリアス殿下に必要以上の悪感情を持たぬようになさいませ。感情は態度に出ます。殿下がいかにしっかりなさっていようとも、ザカリアス殿下は些細な違和感を見抜くお方であると僕は思っております」
ナタニエルが表情を消す。
「ぼくに説教をするの?」
「そうです」
セシルははっきり言った。
「殿下が巧妙に隠し事をなさることは僕も承知しております。そしてそれが政治家として得がたい素質であることも、僕はわかっております。しかしつじつま合わせに奔走するのは得策であるとは言えません。国際社会で爪弾きにならぬようにするためには、誠実であること」
ナタニエルはおもしろくなさそうな顔をした。
「とはいえ僕は殿下のお身内でありたいと思っておりますので、愚痴くらいはお聞きしましょう。しかし僕の同意まで得られるとは思わないことです。我が父カーティヤ伯爵は今回の供応役をおおせつかまつりました。息子の僕も接待に駆り出されることが多々あると思われます。けれど殿下の言いなりになって裏工作をするような真似はしません」
断言したセシルに、ナタニエルが「おもしろくない」と呟く。
「でも兄上は君のそういうところが好きだったんだろうね」
それから数秒ほど、間があった。
この数秒で何か考えたらしいナタニエルが、また、笑みを作った。
「まあ、それはそれで、いいね。だからこそ君は手に入れる価値がある」
指の腹と指の腹を、重ね合わせる。
「ねえ、ぼくのことを好きになってよ、セシル――」
「ナタニエル殿下」
涼しげな女の声が聞こえてきたので、セシルとナタニエルは同時に声がしたほう、会場の出入り口のほうへと目を向けた。
ヴァルトラウトとザカリアスが会場から出てきて、こちらに向かってきていた。
「セシルと何のお話をなさっておいでですか?」
ヴァルトラウトの声が硬質で、なんとはなしに冷たかった。ナタニエルもそれを感じ取ったらしく、ヴァルトラウトをにらんだ。




